自粛まで政争にしようとしている

 無策です。くどいですね。

 さて、先週の記事で言葉足らずだった補足からはじめ、本題に
移ります。

 先週の記事をひとことでまとめれば

「テレビ局よ、身銭を切って支援しているのか?」

 ということ。公共の電波を国際的比較で格安の料金で使用しながら
あまつさえ、芸能人や著名人の「善意」でギャランティゼロの映像を
使用しながらスポンサーから広告料を得ているのに、身銭を切ったと
いうはなしが聞こえてこないことです。

 金持ちだから、大企業だからだせというのではありません。

 それをする能力があるのにやらず、善意を募りながら銭儲けを
優先することへの非難です。

 例えば情報番組はこうします。

「本放送におけるCM収入のうち、震災チャリティー関連を報じた
 時間に応じて●●募金へと寄付いたします」

 全額を寄付しろというのではありません。震災で儲かった金から
一定額でよいから寄付しろということです。

 するとスポンサーも積極的に広告を出します。自社の営業活動の
一部が被災者支援に繋がると思えば、自粛論と「AC」のCMは
なくなるということです。

 いちじ非難が集まったACのCMは、テレビ局の都合によるもの
で、局の都合でCMをカットするとスポンサーへの違約金が発生す
るリスクがありますが、スポンサーの都合でとりやめとなった場合
はその心配がないからで、すべて自分たちの経済活動によるもの
だったのです。

 経済活動を否定しているのではありません。身分や役職に応じた
支援活動があり、経済活動が支援に繋がれば、よりよいということです。

 芸能人がチャリティー活動を呼びかけるのも、一般人より影響力が
あるからで、売名は彼らにとっては正当な経済活動、悪名は無名に
勝り、ついでに言えば非難もまた、被災者に目を向けることに一役
買うなら、杉良太郎さんなら本望でしょう。念のため補足する
と杉良太郎さんはチャリティー活動を永年続けており、売名かとい
いう問いかけには「そうです」と答えるそうです。見事!

 それではおまえはどうかと問われれば、わたしがチャリティーを
呼びかけて集まる小銭より、売られすぎた株式に投資して、僅かで
すが利益が出たのでそちらを廻します。信用取引をせず、マネーゲーム
ではないので微々たるものですが、気は心と。

 そしてこうしてメルマガを書き続けること。
 ついでに「あたま」を使うこと。

 これは地元足立区のとあるルートで提案したことですが、どうにも
動きが遅いのでこちらで公開します。

 日本全国にちらばる被災者を受け入れた自治体への提案です。

「図書館利用カードを被災者に」

 自治体により呼び名は変わりますが、図書館で書籍の貸し出しが
できるカードを被災者に発行するということです。

 復旧から復興へと動き出す時、「知識」は荷物になりません。

 また、この機会に図書館で触れた知識が、新しい人生を開くかも
しれません。いまこそ「米百俵」の精神です。避難所での時間を
勉強に、自己研鑽に当てるとっかりとして「図書館」の活用を
全国の自治体にお願いしています。

 そしてこれは「市民」としての尊厳を刺激することでしょう。

 体育館に雑魚寝同然で、もちろん、それでも寝るところをがあること
を感謝する心をお持ちでしょうが、人はパンのみに生きるに非ずで、
社会を構成する一個人であることを、図書館利用カードを行使する
ことで確認できるのではないかと言うこと。

 これは1円も使わずにできる被災者支援です。
 転載、引用はご自由に。

 自粛ムードが流れています。

 石原慎太郎東京都知事が上野公園の花見を自粛しようと呼びかけ
夜間の提灯などを外したことを批判する声もあります。

 過度な自粛は経済活動を停滞させるという意見は分かりますが、
しかし、「放置」していたら、今度はこんなときにと噛みついていな
かったでしょうか。

 わたしは100000%噛みついたと思います。

 あの蓮舫さん。なんとのたまっているかといえば

「権力で自由な行動や社会活動を制限するのは最低限にとどめるべきだ」

 なるほど。セリーグの・・・いや、読売ジャイアンツの東京ドーム
でのナイター開催は「最低限」で再考(事実上の中止勧告)をしておき、
上野公園の花見は権力が規制してはならないというのはおかしな話し。

 上野公園は上野恩賜公園といい、東京都建設局の管轄。
 つまり、東京都の管理下、権力が制限すると言うより、管理者責任が
自粛を決めたと言うこと。一方、読売巨人軍は民間企業。どちらが
権力介入として禍根を残すかは自明です。

 まぁ400年に一度の水害に備えることを否定してスーパー堤防を
「見直し」ではなく「廃止」にしておいて、1000年の大災害にも
襟を立ててコンビニを視察するところに、人間としての限界がみえて
います。

 さて、自粛。もう疲れてきているようです。
 先日の日曜日、近所のスーパーベルクスに足を運ぶと

「牛肉半額セール」

 が難民キャンプのような修羅場と化していました。

 決してお得感のない値段設定でしたが、休日のひととき、ちょっと
した贅沢をしたいと気持ちまで「自粛」することではありません。と
いうより、できないのです。贅沢に慣れた日本人が自粛を続けること
など不可能です。

 だから、上野公園でやっても良いのです。
 立ち入り禁止になっていないのなら。

 それこそが「権力が介入すべきではない」こと。

 わたしはやります。昨年、足首の痛みから寝込んでいた自分への
リベンジとして。日中に、近所を散歩しながら缶ビールでも片手に。

 自粛・・・まで政争にしようとしているのはどちらでしょうか?

 そして自粛ムードに否定的に傾きつつあるテレビ報道は、自粛の前に
やるべきことをまだしていません。と、いうより、自粛しないことが
被災者の支援になることも事実ですが、自粛すらできないテレビ局の
呼びかけは

「スポンサーの皆様、自粛せずに広告流してよ」

 と聞こえて仕方がありません。

 だれかが呼びかけたから自粛が解除され、誰かが呼びかけたから
自粛をするとみられているのであれば、われわれ、国民は蓮舫と
テレビ局に相当舐められているようです。

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