マスゴミ。この単語を見る度、心がちくっとします。
そしてネットではしゃぐ子ども達(若者含)に目を細めながら、
一方で、その子ども達を扇動するエバンジェリストに苛立ちを
隠そうともしないのは・・・告白します。
私は誰よりも、いまでも
「ネットがもたらす明るい未来」
を信じていました。
そして、未来の可能性の前に些少のことは目につぶればいいと
本気で考えていました。
でもね。若さは莫迦さと語感が似ており、紙一重であることを
若者を卒業する頃に知りました。
平たくいえば
「やることもやらずに権利(=未来)を主張」
する姿の無謀さに気がついたのです。
実績も経験も、あまつさえ信頼も信用も持たない若者のもつ
未来とは社会参加の権利でもあります。持たない彼らが
唯一もつのは未来だけです。
だから彼らの声を聞くべきだという無条件賛成論には
唾を吐きます。だって、
「ちゃんとやっている若者」
は少なくないからです。そしてちゃんとやっている若者の
声を聞く大人は決してマイノリティーではありません。
私は若者の最後の季節に「ちゃんとやる」ことの大切さに
気がつき、大人の懐の深さにも気がつきました。
いま「マスゴミ」と排泄物と発酵食品をひとまとめにして
揶揄するネットの住民を見ていて思います。その言葉の前に
「思考停止」している限り、エバンジェリスト達の飯の種と
して消費されるだけだよと。
・・・ただし、二十歳過ぎたら自分の責任。と、私は考える
ので騙され続けて生きるのも、それを楽しいと思えば悪い
ものと否定はしません。キャバクラ嬢に幻想を投影するのも
理屈は同じなので。
■マスゴミは捏造し個人のつぶやきは正しい!? デジタルデバイド0.2(マイコミジャーナル)
http://journal.mycom.co.jp/column/itshacho/062/index.html