規制の刃は両刃。左右のどちらでも切れる

規制の刃は両刃。左右のどちらでも切れる

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 断末魔の声が聞こえます。瀬戸内寂聴における「軍靴」のような幻聴であることを祈るばかりです。

 なにかとえいば日本社会、表現の自由どころか法治国家が助けを求める叫びが、カワサキ国から聞こえてくるのです。

 パヨクが叫ぶ安倍首相による、戦争法や言論弾圧ではもちろんありません。権利の暴走と、自省なき既得権益の行使による法律の形骸化です。

 正論5月号に寄せた拙稿より、大切なことなので繰り返します。

「規制の刃は両刃。左右のどちらでも切れる」

 歴史的背景と現在進行形の差別を含む、欧米基準が叫ぶところの、ヘイトスピーチを許すものではありません。一方で言論の自由は守られなければなりません。

 川崎市在住の男性が、集会のために市の管理する公園使用を求めたところ却下。男性はヘイトスピーチを繰り返していた、と朝日新聞に、皆様のNHKまでもが同じ論調で報じます。

 却下の理由を、ヘイトスピーチ解消法の成立を受けてと。

 国会が定めたこの法律に、具体的なヘイトスピーチの事例は記されていません。以下は成立を報じる産経新聞。

≪対策法は、在日韓国人らに向けた言動を念頭に、適法に日本に住む日本以外の出身者や子孫に対する「不当な差別的言動は許されない」と明記。対象の言動を「差別意識を助長する目的で、公然と危害を加える旨を告知したり、著しく侮蔑したりして地域社会から排除することを扇動する」ものと定義した。≫

 野党らは「不法滞在」まで含めるように求めていました。つうか、不法滞在はその時点でアウトじゃね? という突っ込みはネット界隈のみ。

 もちろん、不法滞在者に罵詈雑言を浴びせて良いわけもなく、それは私的制裁の領域で、法治国家のルールをはみ出してしまいます。

 不法滞在者をみつけたときは、ヘイトスピーチを投げかけるのではなく、速やかに警察なり入国管理局に通報すれば良いだけのこと。

 誰と何を念頭に置いたのか、そう求める野党の神経を疑いつつも、付帯決議で殉じるように対処した自民、公明の与党は選挙対策。ポピュリズム(大衆迎合)ですな。実はこれ、自民党の持ち味。

 「保育園落ちた、日本死ね」の共犯者とも呼べる病児保育NPO団体「フローレンス」代表理事 4ad1919c5c3a05c345378976e4776473_s氏が、こうして声を上げたことが、保育政策を推し進めたとTwitterで勝ち誇っていましたが、それは正統な手続きの民主主義ではなく、圧力活動によりポピュリストを動かしたのであって、選挙よりデモが優先されるかの主張と同じながら、むしろそれは昭和時代から続く「自民党政治」です。

 自民党を批判する声における大企業優遇とは陰謀説に近く、大企業を優遇するのではなく、そこに務める人とその家族の「票」が欲しいがための政策で、農協や医師会などと近しい自民党の伝統です。

 自民党政治との決別なる幻想がいまだにまかり通り、朝日新聞を筆頭に、NHKが後方支援しつつ、印象操作が繰り返されていますが、駒崎が誇る「横車」は、実に自民党らしい政治ショーの一幕に過ぎないのです。

 ひとつ問います。「日本死ね」により、急遽保育関連の予算を積み上げた安倍自民党を

「公約になかった、民意を問うていない」

 と批判した報道機関が、ひとつとしてあったでしょうか。

 保育支援の拡大は、駒崎や匿名の主婦とやらが騒ぐ前から、継続しており、ただしこれは「地方自治」に属するもので、筋論でいえば、日本の前に杉並区なり世田谷区死ねとやるべきこと。

 人の親として筋をないがしろにするママに育てられた子供の行く末を心配せずにはいられませんが、いずれボロがでるでしょう。ネット社会だもの。

 ともかく、会見にしろ、安保法制にしろ、公約などで掲げてきたことでも、一字一句の違いに目の色変えて文句をいってきた、テレビや新聞、ジャーナリストどもが、本件について

「公約違反だ、民意を問え」

 とはいいません。テレビにしても新聞、雑誌にしても人気商売ということなのか、個人の、それぞれの家庭の権利拡大に過ぎない、保育園通園要求に沈黙しています。仮に

「お金を積んでも幼稚園にすら入れない。日本死ね」

 ならば、同情もできるというのですが。 

 保育の話しを持ち出したのは、ヘイトスピーチ解消法もまた、参院選挙に向けた人気取りの政策に他ならないからです。

 人権に無頓着、差別を放置は、善良なる日本人に不快感を与えますし、すでに帰化し、投票権を持つ善良なる元外国人は、決して少なくありません。これらの「取りこぼし」を減らすために、大衆迎合しできた法律が、法治国家を着実に破壊しています。

 法律破壊のメッカ「カワサキ国」の話に戻ります。川崎市在住の男性が、今回もヘイトスピーチをするために集会を計画していた、と報道が拡散。

 しかし、申請を出した時点では、「まだ」していないのです。仮に過去にしていたからと、今回もする「だろう」で取り締まるなら法治国家ではありません。申請書には「集会」とだけ記載とは、後に触れる川崎市担当者談。

 日を追うごとに厳しく、カルト的になる嫌煙運動により、駅前や繁華街は、ほぼ全域が条例により路上喫煙が禁止となっています。仮に条例施行前に路上喫煙していた人物が、その駅前に降り立ったとして、タバコに火をつける前に罰金をせびることができるでしょうか。

 平成24年7月から禁止となりましたが、牛の生レバー食。いま、生レバーを仕入れたからと、客に提供する前に営業停止をくだしてよい道理はありません。(焼いたらOK、客がうっかり生で食べるのは自己責任。焼き肉店ができるのは注意喚起まで)

 つまり、法治国家であるなら、新しく施行された法律に基づき対処することは当然ながら、「まだ」、その法を犯していない状態で取り締まることは、公権力による思想の検閲で、パヨクが戦前を想定して嘆いてみせる

「いつか来た道」

 を辿ることになるのです。触法まえに危険かもしれないという恣意的な判断で、発言すら許されない社会の到来です。

 日頃、言論の自由を叫ぶ連中、マスコミほど、ヘイトスピーチには無頓着。おぞましい話しです。朝日新聞を筆頭に、ヘイトスピーチにおける検閲や、圧力による封殺、非合法の言論妨害活動に口を閉ざす連中は、

「俺様がクロといえばクロ。シロならシロ。おまえらは考えるな」

 と言っているのと同じ。独裁者や共産主義者の発想です。

 日本国民として由々しき事態! そこで川崎市に確認しました。

 担当部署は川崎市 市民文化局 人権・男女共同参画室。報道から3日目の夕方、ようやく繋がった相手の声は明らかに疲労困憊。

 電話を切ったら、次が鳴る状態だといいます。大半は抗議ながらも、事情を説明すると、多くの人は理解するとのことで、その説明はこうです。

「諸般の事情を鑑みて使用許可をださなかった」

 それは

「ヘイトスピーチへの具体的判断を避けた」

 ということ。朝日新聞やパヨク、有田芳生氏らがネット上で勝ち誇っているのは、どうやら事実誤認のようです。

 雑談を交えつつ、こちらに攻撃の意志がないこと、言論の自由への懸念からの確認の電話だと分かると、不許可の理由を率直に述べはじめます。それをひとことで言えば、

「カウンター勢力のため」

 カウンター勢力とは、ヘイトスピーチや排外主義者に抗議すると自称する団体や人々の総称で、自発的に集まる善良な市民もいますが、コアとなるのは「しばき隊」と呼ばれるパヨクな圧力団体や、左翼系活動家であることは随所で確認されています。

 反差別を掲げながら、自分たちと意見を異にする人々を差別主義者と差別します。これ、私もやられ、マイナビが芋引いたのか、あるいは同調者が内部にいたせいか(私はこちらを疑っています)、連載が打ち切られたのもこれが理由。

 むしろ、カウンター勢力に、こんなやり方では信用を失い、反感を覚える勢力を強くしますよ、という苦言を、差別と詰られた理不尽が、月刊正論への寄稿と繋がったわけですから、こういうのでしょう。「文字通り」と。

 その「しばき隊」。

 一昨年末におきた内ゲバで、重傷者をだしており、これを事実無根と強弁していたのは主催者とされる野間易通氏で、被害者を恫喝により沈黙させようとするも、「ぱよちん」の決定打となった新潟日報の騒動で、決定的役割を果たした高島章弁護士らの活躍で、関与した人物の謝罪文が公開され、被害者がその痛ましい被害写真を公開するなど、次々と「証拠」が暴かれていきます。

 また、一味と思われる人物が、有田芳生氏の宣伝カーに乗り、四国在住のネットユーザー恫喝に向かったことも、ネット上の状況証拠から特定されており、暴力的な集団であることが白日の下に晒されております。有田芳生氏の所属する、民進党はこのことを知っているのでしょうか。是非、

「有田芳生宣伝カー恫喝事件真相究明チーム」

 を山井和則氏を座長して記者会見を開いて欲しいものです。

 そんななか、野間易通氏と、彼が「中の人」をつとめるとされる、しばき隊のアカウントがTwitter社により凍結されるという事態に発展。今後の展開に注目が集まるなか、津田大介、香山リカ、有田芳生、五野井郁夫、奥田愛基、茂木健一郎などの、諸氏に加えて、これらを重用している朝日新聞の見解をニタニタと待ち続けております。多分、スルーでしょうが。

 話を戻します。

 意訳ながら、川崎市の担当者との、十分ほどの対話をもう少し丁寧に述べるとこんな感じ。

ミヤワキ「参議院の有田芳生氏が、ヘイトスピーチが規制されたとネットで騒いでいる」
川崎市「そうではない。諸般の事情を鑑みてのことだ」

ミヤワキ「ヘイトスピーチが理由ではないと?」
川崎市「そうだ。むしろその有田先生側の活動による」

ミヤワキ「どういうことか?」
川崎市「集会に抗議するカウンター勢力が、他県を含め他所(よそ)から大勢がやってくる。その威圧的な態度を怖いという対処を求める周辺住民の声を優先した」

ミヤワキ「あくまでネット情報だが、身体にお絵かきしている連中か?」
川崎市「(苦笑)」

 お絵かきについては、グーグルを開き「しばき隊」で画像検索すると解ります。「カウンター」という単語は、職員自ら使用していたので、一般用語になっているのでしょう。

 こうした苦情を踏まえた議論を経て、市民の安全のために発表し、市長が具体的に「ヘイトスピーチ」と言及したのは、矢面に立つためでしょう。その発言を是とはしませんが、リーダーとしての行動ならひとつの見識です。

 集会を予定していた公園は、在日韓国人などが多く暮らしているエリアということで、仮に集会の申請が、まったく別の公園なら、同じ判断を下すとは限らないとも言っていました。

 憲法の保障するところにより、機械的に許可をだしていたものが、法律が制定され自治体に迷いを与え、一定の抑止力になったとするなら、理念法ながらも立法の趣旨を実現しています。

 私は不明瞭なヘイトスピーチ解消法には反対の立場ながら、今後の議論の深まりに期待するものであり、集会を予定していた男性が納得いかないのであれば、法律を持って不許可とした川崎市と争って欲しいと、外野席から楽しみにしていました。

 一方、デモ活動のための道路使用許可は下りました。管轄は神奈川県警。憲法に照らせば当然のこと。そこで違法行為はもちろん、ヘイトスピーチ解消法に抵触する事態が起これば、厳しい態度で臨めばよいだけのこと。

 ところが神奈川県警は、違法行為を是認します。

 デモを求めた団体に対して、カウンターと称する非合法、脱法活動家らが、道路を不法占拠して、行進できないように実力行使します。

 通常、警察はつつがなくデモをさせるために警備に当たります。パヨク界隈が、「警察はヘイトスピーチを守っている」と宣いますが筋違い。

 デモが集団心理から暴徒化することは、歴史が何度も証明していることで、予定していたコースからはみ出さないように監視するのも警察の仕事なのです。そして警察の建て前論からすれば、デモをする側もカウンターも守るべき市民です。

 意見表明の場であるデモを、取り囲み、がなり立て、道をふさぎ、時には暴力を持って封殺する違法行為から、デモをする側を守ることになっても、それは警察として至極まっとうな、市民への警備活動なのです。

 今回のデモでも同様でしたが、カウンター側の違法行為、脱法行為が言論の自由を封じることに成功します。警備にあたった神奈川県警が、不測の事態を怖れて、デモの中止を主催者側と協議するまでも、残念ながら通常業務の枠内。

 法律の運用には一定の柔軟性が必要で、原則論が支配するなら、軽微な違反でも逮捕されてしまいます。端的にいえば、神奈川県警の警備が不足し、カウンター側の違法行為を排除できなかったということ。

 さすが不祥事の殿堂 神奈川県警とはいいますまい。間違いは誰にだってあります。だから、警備不足を詫びた上で、デモの中止をお願いするのが神奈川県警の立場。

 ところが、主催者がカウンター側の排除という正論で挑むと、

「これはできない。これが国民世論の力なの」

 と警備にあたった警察官が暴言を吐きます。

 そのシーンはTBS「ニュース23」で切り取られ報じられ、いまネットはお祭り騒ぎ。

 ほ、ほぅ。デモが世論とは、まるでSEALDs。偏差値28です。

 気に入らない意見は実力で阻止しても良いということに、警察官がお墨付きをあたえ、尚かつTBSは称賛します。

 より数を集め、つまりは、力対力でぶつかり合い、勝った方が世論で正義ということ。力が支配するマッドマックス、それがカワサキ国、そしてTBS。

 日頃、言論や表現の自由を何よりも叫ぶ連中が声を上げません。むしろヘイトスピーチの取り締まりが強化されることを喜ぶ風で、言論規制を賛美する朝日新聞、NHK、ジャーナリスト諸氏。

 法律ではなく数が、正当な手続きを経ていない恫喝が法律に勝る。それに異を唱えないマスコミ、有識者。恐ろしい時代になったものです。

 ちなみに神奈川県警の警備課に、「世論」と言い切った警察官の意見が、県警の総意なのかと訊ねると、その報道を見たことがないと断った上で、仮にそうだとするなら「県警の見解ではない」と明言。報道を見ていないことも問題と思うのですが、そこは斟酌しておきます。

 対応にあたった警察官に訊ねると、今回の川崎市のデモの場所は、いわゆる「在日」が多くいる場所という訳ではないそうです。

 平穏に暮らす在日や、元在日が多くいることは当たり前の話しであり、そこに出張って罵詈雑言を浴びせるのは好ましくなく、一方で偏狭なものであっても個人の考えを表明することが許されていたはずの我が国。

 特定秘密保護法や安保法制のように、目に見える条文は、手続きにより書き換えることが可能ですが、こうした「物言わせぬ空気」が醸成されることは、その物言うための情報すらも自主規制、報道しない自由の行使で封殺されます。

 そしてこれこそが「いつか来た道」。大切なことなので、最後に繰り返します。

 規制の刃は両刃。左右のどちらも切ることができます。

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