憲法9条では女性の人権は守れない

憲法9条では女性の人権は守れない

悩む女性

 沖縄県でアメリカ軍属のシンザト・ケネフ・フランクリン容疑者が、日本人女性の死体遺棄容疑で逮捕され、「余罪」があると報じられています。これをもって、すかさず「駐留米軍」と結びつけますが、時事ドットコムによれば、日本人女性と結婚し、現在は与那原町で義父と同居しているとのこと。事件現場とされる「うるま市」からは20キロ以上離れており、軍というよりこの容疑者個人の資質でしょう。

 こちらは東京。東大生の松見謙佑容疑者他5人で、二人の女子大生の服を脱がせて胸や尻を触ったと、強制わいせつで逮捕されました。容疑者らと女子大生らは、5月10日の夜から、JR池袋駅周辺で酒を飲み、マンションに移動しての酒盛りで犯行に至ったと。

 一連の事件を受けて、こんなツイートを発見。

《女性を家に連れてきて、酔わせてから暴力で触ろうとする。「家に行ったほうにも責任がある」とか言ってる人がいて、この国、怖すぎる》

 こんなのも。

《安心して夜道をウォーキングできないなんてなんて国だ》

 日本死ね。病ですね。個人的な振る舞いと、個人的意見をもって日本国に適用する。パヨクなジャーナリストに散見する特徴で、ツイートを追い掛けてみるとやっぱりパヨクだったわけですが。

 集団で胸や尻を触られた女性の恐怖心に同情はしますが、私の周囲には、それ以上の被害にあった女性が何人もいて、もう相当の時間が経つので告白しますが、かつて結婚まで考えたある女性もその経験者でした。だから、この手の犯罪に怒りしかありません。が、尻や胸だけですんだのは不幸中の幸い、と。

 なぜなら、悲劇を踏まえながらも、殺されなかっただけマシ。という見方もあるからです。結局、私が捨てられる訳ですが、ある期間でも愛し合うことが出来たわけですし、いまは幸せに暮らしていると伝える風の便りに喜びます。

 うるま市の事件は、通り魔的犯行で、お気の毒に過ぎるのですが、それでも「夜」は怖いのです。これ、日本以外なら常識。あるいは昼間でも危ない国は多く、オリンピックが開かれるブラジルのリオなど、その代表格。

 在リオディジャネイロ総領事館のサイトにある「防犯の基本的心構え」にはこうあります。

(1)自分の身は自分で守る
 当地に限らず、海外生活の基本です。常に警戒心を持って行動しなければ誰もが犯罪被害者になり得ます。

 この国、怖すぎる。とツイートした女性は、海外の常識を知らないのでしょう。日が暮れてから女性が一人歩きできるだけで、大半が犯罪に会わない国とは、むしろ世界では異常なほど平和です。

 男性の多い飲酒の席で、さらにその男性の部屋に転がり込むとは、昭和時代の表現をするなら、オオカミの群れに羊を放り込むようなもの。まして飲酒は下心を加速させるニトロ。容疑者を弁護しませんが「自分の身は自分で守る」の原則からみれば、迂闊だったと教訓にすべきでしょう。

 そして悲しいことに男女には腕力を含めた差があります。仮に1対1でも男に組み伏せられる確率の方が高いのです。この手のネタを書くと、犯人を擁護とお叱りを受けることが多いのですが、傷つくのは女性です。君子危うきに近寄らずだということです。

 憲法9条があったから、日本は平和だったとは妄想で、海自派遣に反対の立場の「ピースボード」は、その世界一周の旅路にでかけたソマリア沖で、自衛隊に海賊からの警護を要請しています。これが現実。

 平和は誰かが守ってくれる。いみじくも、ガソリーヌ山尾志桜里氏は、日本を普通の国にしようとすると安倍政権を批判してみせましたが、国会で「男尊女卑」だと論理飛躍で絶叫してみせる、彼女を真似るなら、誰か任せの平和論が女性の警戒心を放棄させ、被害者へと追い込んでいる! とはさすがに恥ずかしいですね。

 しかし、心根は同じ。憲法9条の墨守による平和論と、女性の無制限の安全要求は。女性を被害者にしたくないなら、「自己責任」ということについて、掘り下げた議論が・・・かつてはあったんですがね。夜道を一人歩きすると、人買いに連れ去られ香港に売り飛ばされるとかね(ガセ)。

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