日本が「韓国化」したのかを考える

日本が「韓国化」したのかを考える


 韓国人ライターが、韓国は科学的知見よりも扇動者の意見に流されると「狂牛病」を怖れるあまりの巨大デモの写真とともにツイートしていました。

 それ自体は韓国のことなので、特に感想もなかったのですが、昨今日本を賑わせている騒動から、こんな感想をつぶやいてみました。

 すると瞬く間に300を越えるリツイートとなります。

 反響が多いと少なからず批判が含まれるものですが、今回はほぼなく、同意する声の多さに驚きます。薄々、そう感じている人が多いようです。

 数少ない批判というか指摘には、「ネットもフェアじゃない(要旨)」がありましたが、これも本当。

 そしてこう回答します。

 このホニャララの箇所は、輝く金髪が目に痛いジャーナリストの津田大介氏。

《ツイッターのプロフィールで「右でも左でもない」とか「普通の日本人です」って書いてる人は、大抵極右だよな。》

 とツイートしネットは嘲笑と失笑の渦へ。自分が極左だから真ん中ですら極右に見えると突っ込まれます。そもそも、この論法をパヨクが多用するのはネットでは周知の事実。

 いま、話題の森友学園の小学校説明会に「保護者」として参加したものが、実は劇団主催者で、福山哲郎氏、有田芳生氏などとの接点が色濃く、言動を追えば左翼というかパヨクながらも、ブログの自己紹介で

《左右問わず馬鹿にして嫌われているのですが、それでも見に来てくれる政治家は野党系の人ばかりだし、朝日新聞の「ひと」の欄に載ってるし、なにより両親が日教組ですから、世間的に見れば左翼でしょう(保守の方には、親と子供は思想が違うこともあるというのが理解出来ないようです)。》

 と語っているように、左が中立を装うのは、津田大介氏にも確認できることです。

 ちなみに親が日教組だから子供もそうとは限りませんが、思考と嗜好が近づくことは多々あることで、この劇団員のやっていることは左翼の活動家のそれで、自覚がなければ自己を客観しできない未成熟の告白であり、うっすらでも自覚があれば虚言癖が疑われます。

 漫画家の西原理恵子氏が「漫画家にならなければただの嘘つき」と作中、自らを語っていたように、作家性に嘘の要素は必要ではありますが、ドキュメンタリーに持ち込む嘘は捏造であり、いまならフェイクニュースと呼ばれます。

 この劇団員が作家性における嘘ではないと推定できる一例をあげれば、小学校入学前の子供がいるから「嘘」ではないと詭弁を弄しつつ、妻でない劇団員とともに参加し、途中で追い返されたら、マスコミに囲まれると「妻がメモを取ってたんですけれど」と答えているところからも明らかです。

 また、その子供の写真は、断片情報ながら、どうみても乳児で、たしかに「小学校入学前」ではあり嘘ではないが誠実な態度ではありません。

 そもそも劇団員が、森友学園の小学校説明会に足を運んだ理由を

《冷やかしとか真実を知りたいとか義憤とかではありません》

 とし、純粋な興味と切り出しながら、話しが佳境にはいると

《有料です(要旨)》

 とクラウドファンティングを持ち出し、劇団の公演資金の募金を呼びかけます。

 金集めであり売名行為で、ゆえに本稿では名前を記していません。さらにボイスレコーダーの持ち込みも、良いネタがでればマスコミに売り飛ばし、ヤバイネタなら知り合いの議員に渡すと述べており、つまりは野党議員にリークするということで、それは政治工作・活動であり、話しが二転三転と迷走を続けますが、文体からはなぜか自信がみなぎります。

 津田氏にしても「リベラルは相手の意見も聞かなければならない(要旨)」として、だからネトウヨ相手には不利な戦いになる、といった発言をしていましたが、東京MXで放送され、いまだ話題継続中の『ニュース女子』の批判のための琉球新報の取材には、番組内容を「全否定」していました。

 劇団員にせよ、津田氏にせよ、息を吐くようになんとやらです。

 観念が事実を上書きするのです。事実かどうかよりも、感情や雰囲気が重視され、自分の都合が優先します。そこにおける前言の上書きへのためらいは、皆無に等しいレベルすらないのかもしれません。

 これが「韓国化」と感じる一端です。少し、調べれば発言のねじれやよじれ、不整合が明らかな人物が、その釈明すらないままにマスコミに登場し、さらに繰り返し出続けます。

 かつて日本社会は約束を何より重視しました。それは嘘をつかないことにより支えられ、前言撤回には相応の理由が必要で、それ以上の批判を覚悟しなければなりませんでした。

 こうした日本社会は、世界的に見れば異常と言えます。嘘は方便であり潤滑油、状況は絶えず変わるもので臨機応変に対応すべきもの。その為、欧米社会では「厳密な契約」が発達したのです。

 明記されていないグレーゾーンについては、性善説を建前とした運用が求められますが、一方で「法の抜け穴」みつかれば、見つけたもの勝ちで、同時にそれを繕っていくのが欧米における法治国家。

 タックスヘイブンなどもコレに当たりますし、トランプ米国大統領が、日本で言う破産を何度か繰り返しているのですが、法の抜け穴というか、法律を活用して再起につなげたことを評価する国民が多い理由です。

 韓国は少々事情が異なります。

 明文化の有無を問わず、国民の空気や雰囲気が違法と思えば違法。法治国家としては禁忌にあたる、新しい法律で過去を裁く「反日法(親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法)」で、日韓併合時、日本に協力した子孫の財産を没収する法律ができたのもこれが理由ですし、最終的に至極真っ当な判決が下されましたが、産経新聞の元ソウル支局長 加藤達也氏への起訴に代表されます。

 韓国国内の報道とネットの噂をもとにした、日本国内の読者向けの記事を「大統領への名誉毀損」としながら、加藤氏が引用した韓国の報道機関は見逃されているなど、明らかな狙い撃ち。

 疑わしきは被告の利益に、という推定無罪の対極です。

 巻き込まれた加藤氏にとっては災難でしたが、彼の地において彼の地の法律に、それが「国民情緒法」という国民感情をもとに罪が作られる法律であっても、それが韓国のルールだということです。

 語弊を怖れずにいえば、拳銃所持を禁止される日本人が米国に渡り、銃で脅されることは想定の範囲内で、「日本ではあり得ない」と叫んだところで虚しいだけです。イヤなら米国でも、韓国でも足を運ばなければよいだけのこと。

 ところが、国内では現在、加藤元支局長的な騒動が起きています。

 大阪府豊中市の森友学園における安倍昭恵首相夫人の追及です。

 首相夫人が公人か私人か。法制化されていないグレーゾーンで、今後は明文化が求められることでしょうが、現時点では判断が付きかね、ジャッジをくだせるのは司法ぐらいでしょう。

 少なくとも立法府である国会や、権力を監視し批判するマスコミが判断すべきことではありません。

 それを、いま、やっているのです。

 むろん、安倍昭恵氏や、旦那である安倍晋三首相、またはその事務所スタッフや親族などの働きかけにより、森友学園に利益供与がなされたのなら、司直の手に委ねて罪を裁くべきでしょうが、現時点ではなにもでてきてはいません。

 野党ども(あえて)はそれについて、首相が積極的に動いて無実を証明すべきだと噛みついて見せますが、存在しないことの証明は不毛で不可能な「悪魔の証明」と呼ばれています。

 マスコミはこの不毛を責めはしません。ましてや、この不毛な追及における野党、民進党の失態を積極的に報道しないことで、まるで首相が追い詰められているかのように切り取ります。

 日頃、報道は「ファクト(事実)が大切」というご高説を垂れる青木理氏のようなジャーナリストが、雰囲気と空気を事実であるかのように糾弾します。

 例えば2017年3月7日のテレビ朝日『モーニングショー』では

《安倍首相が進退をかけるとまで言うのなら、ちゃんと調べるべきだ。今日の番組内の説明を聞いていても、わからないことだらけだ》

 と青木氏は慨嘆してみせますが、わからないということはそこに確定した事実はないということです。にもかかわらず、彼は断定的な批判を繰り返します。それは青木氏だけではなく、とりわけテレビ報道の足並みは揃っており、まるで北朝鮮のマスゲームのようです。

 ちなみに先週の番組(2月28日)で青木理氏は、森友学園の籠池理事長について「首相も関係する『日本会議』のメンバー」と、さもそこに接点があるかのように匂わせますが、

《「籠池さんは、50名前後いる運営委員の一人ですが、ここ数年は活動していません|週刊新潮(2017年3月9日号)」》

 日本会議大阪が証言しています。

 これも観念=思いこみが、ファクト(事実)を上書きしている一例です。

 豊洲移転と築地の問題も同じです。

 豊洲移転にゴーサインをだしたときの都知事、石原慎太郎氏が週末に記者会見を開く予定の火曜日、築地に土壌汚染の疑いが発覚しました。

 築地には占領軍のドライクリーニング工場があり、有害物質が垂れ流され汚染されている可能性が発掘されたのです。もっとも、これは、都議会を含め関係者に知る人が多く、ばれたら風評被害につながるからと、そっとしておいた、わざわざ取りあげなかった案件と築地関係者は語ります。

 もちろん、取り扱う食品や環境に違法性が見つかれば、しかるべき対処をとるにせよ、ない段階で大騒ぎはさけようという大人の智慧です。

 この事実を突きつけられた小池百合子都知事は、

「築地はコンクリートで覆われているから大丈夫」

 とメディアに答えます。

 豊洲の地下室だってコンクリートでできていますし、専門家によれば地下室というワンクッションがあることで、より安全運営が可能になるとのことながら、移転は延期し、最悪は中止と息巻く小池陣営。

 明らかなダブルスタンダードながら、彼女は政治家。ときどきに言葉を左右するのも政治術ではあります。むしろバカ正直しか取り柄がない政治家よりはマシ。

 しかし、メディアは権力の監視役のはず。いまやまるで忠犬どころか愛玩犬のココア(多分、トイプードル。知事のまわり跳ね回り愛想を振りまく姿から)にジョブチェンジ。

 築地のコンクリは良いコンクリで、豊洲のそれは悪いコンクリ。
 50年以上前のコンクリは、最新のコンクリより安全安心。

 そこに科学的知見は見つかりません。
 そんなマスコミどもの態度は、科学者が安全を叫んでも、狂牛病に怯えパニックとなった韓国の姿に重なります。

 一方で石原慎太郎氏は叩きに叩きます。

 2017年3月3日の会見における説明を充分と思いませんが、ある種の誠実さは見つけました。それは

「詳しいことはわからん。丸投げだった(意訳)」

 ということ。だって、都民はそれを知っていて、それでも彼を都知事に押し上げていたのですから。

 とりわけ二選目以降は、

「都知事は週に2〜3日しか都庁に足を運ばない」

 といまに思えば「ファクト」が拡散されながら、それでも彼に票が集まったのです。まごうことなき民意です。

 石原慎太郎氏はトップとしての責任を認めつつも、すべての責任となると、都議会や都庁職員の責任でもあると認めたことは、真相解明における重要な「ファクト」です。

 失念しましたが、ある電波芸人(テレビコメンテーター)は、

「すべての責任は俺にある。ぐらい言うべきだった」

 とのたまっていましたが、それで溜飲が下がるのは反石原派であり、満たされるのは復讐心や優越感といった「感情」であり、冷静な議論ではありません。

 石原慎太郎を巨悪であり悪魔であるとし、これの首をとることですべてが解決するとは、善悪二元論の幼稚すぎる主張であり、かの国にみつける情緒的解決です。

 実際に各種公文書から、石原慎太郎氏の前の青島幸男(故人)都政から、築地市場の豊洲への移転は検討されており、開場時期を決定したのは舛添要一都政です。

 ならば、「デビル石原」にのみに責任があるのではなく、裏で継続して糸を引いていた何かがあったと考えるのが合理的で、もっとも継続性を大切にするのは「都庁の役人」ならば、この責任を白日のもとに晒した功績は、石原会見に認めるべきでしょう。

 石原氏を庇っているのではありません。あれだけ、現役政治家時代「俺様」に振る舞っていた彼が、己の無能を告白したというだけで、相当程度の罰ゲームになっており、明確な彼の「罪」というファクトがでない限り、彼本人を追及する理由がないと考えるのです。

 韓国のことわざと聞いていますが「水に落ちた犬を叩く」とは、困っている人、弱ったひとをさらに追い詰めるという意味で、石原叩き、バッシングに重なります。

 かつてながら、日本人的な価値観である「惻隠の情」から、過剰な追及をたしなめる論客がいたものですが、いま、マスコミ、特にテレビではみかけません。

 むろん、豊洲移転の決定により、石原慎太郎氏が私腹を肥やしたファクトでも見つかれば、その罪は問われて然るべきですが、都民の付託を受け、都庁職員がまとめたアイデアを元に、都議会の了承を得て決めた案件の責任について、いまになっても求めるなら、

「それを選んだ都民の責任も問え」

 ということ、ながらここには触れません。

 朴槿恵大統領が側近による傀儡政権だったことが明るみになり、数々の疑惑が取り沙汰されています。しかし、彼女を大統領に選んだ国民への批判がない。まったく同じ構図です。

 かつて日本社会では「嘘つき」と烙印を押されることは致命傷でした。世界的にみて異常であっても、日本社会はなによりも「嘘」を嫌ったからです。

 挙げれば切りがないので、ここでは名前は控えますが、事実が含まれる報道に対して「一から十まで嘘」と、嘘を平然と述べる人物や、安倍批判のためなら、私見を公論にすり替えることも厭わない自称ジャーナリスト。

 こんな連中が、息を吐くように嘘をつき続け、それでもテレビ出演を継続し、雑誌の連載を重ね、新聞にコメントを寄せます。

 また、保育園に落ちた、とは、その地域における「相対的富裕層」である事実に触れないまま、己の権利確保を叫ぶ主婦や、それを支援する政治家を「社会正義」であるかのように取りあげるマスコミ。

 TBSの中堅アナウンサーはこう嘆いていました。

「ウチも保育園落ちた。どうしようかと落胆した」

 直近「会社四季報」によればTBS社員の平均年収は1490万円。億ションなどのローンを抱えてもいなければ、ベビーシッターを雇う余裕はあるはず。あるいは、会社に福利厚生として望むべき案件。

 うっかりとでた本音が「自分だけ損するのがイヤ」。
 これを公共の電波で、そこの社員が言える。

 つまり、日本の韓国化、とは正しくは

「日本のマスコミの韓国化」

 と分析する方が正しいのでしょう。

 そしてこうなった理由は、ネットでは数々の風聞が飛び交っていますが、本稿では割愛。確たるファクトが見つからないので。

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