安倍昭恵氏の疑惑を論じるマスコミは主語を曖昧にするマスコミ

安倍昭恵氏の疑惑を論じるマスコミは主語を曖昧にするマスコミ


 森友学園を巡る騒動について、反安倍なパヨク(バカな左翼、左翼風の過激派と揶揄するネットスラング)はともかく、まともな読解力をもつ一般人は困惑しています。その理由を端的に述べれば、安倍首相、夫人の安倍昭恵氏に疑惑があるかのように語る連中は、誰一人例外なく主語を曖昧にするからです。

 主語とは、誰が何をしたにおける誰です。これが変われば意味が変わります。トムがジェリーに噛みついたと、ジェリーがトムに噛みついたでは、まったく意味が異なるようにです。

 騒動の概要は周知のことと割愛し、一例を挙げましょう。

 安倍昭恵付きとして、経産省から出稿していた谷査恵子さんが、籠池理事長にFAXを送っています。これを語る際、多用されるのが「安倍昭恵さん側が送った」という表現です。

 「側」とひとくくりにすることで、昭恵さんが指示を出して、FAXを送ったかのように印象づけるための意図的な主語の混濁です。「安倍昭恵」と名前を挙げることで、話を聞いた人に名前を印象づけながら、違うじゃないかと突っ込まれても、名指しはしていないと否定することができます。印象操作で多用される手法です。

 籠池理事長は証人喚問で、昭恵氏の携帯電話の留守電に要件を吹き込み、FAXとして返事が来たと主張します。

 昭恵氏は籠池これを明確に否定します。実際、「内閣総理大臣夫人付 谷査恵子様」と封筒全面に宛名がかかれた封筒画像は公開され確認されております。これへの返事ならば、「昭恵さん側」ではなく、「谷査恵子」氏が主語にならなければなりません。

 しかし、ざっくりと籠池側、昭恵側と線を引き、その左右がそれぞれ一枚岩であるかのように論じます。籠池理事長サイドは、家族であったり、利益を共有する組織出会ったりするとしても、昭恵氏サイドは、各省庁からの出向であり、行動には一定の省益が望まれるでしょうし、安倍晋三が総理を辞めれば縁が切れるビジネスライクな関係で、この雑な敵味方の分類も、主語の混濁と同様の手法です。

 さらに昭恵氏陣営には、その旦那である安倍晋三を加え、それは個人の資格ではなく、総理大臣としての責任まで加算しようというのは、谷さんの返信FAXをもって「関与」と主張する論理に明らかです。

 連想ゲーム、伝言ゲームなら笑い話にもなりますが、妄想ゲームを国会で繰り広げているのです。

 そもそも、谷さんから籠池理事長への返信FAXにあった「本件は昭恵夫人にもすでに報告させていただいております」という結びの一文ですが、これをもって「関与」とする主張は、追及する側の論理破綻を招いていることもあわせて指摘しておきます。

 面識のある人物から照会があり、確認作業程度なら役人だって一存でできることでしょう。ところが、野党もマスコミも、谷さんが昭恵氏なり、役所の上司なりの裁可を仰がなければ、役人は動かない、と決めつけから「昭恵の関与」を囃し立てます。

 一方で、騒動の本丸である小学校用地の売却価格のダンピングについては、安倍総理陣営(昭恵氏ですが)の存在による「役人の忖度」があったと、断定調に批判しています。

 法と実状にあわせた照会程度でのことで、役人は忖度すらできず、昭恵氏なり上司の許可を求め、8億円になると忖度が働く。むしろ逆だろ、って話し。

 ある場面では役人が勝手に動くと設定し、別の場面では指示がなければ1mmも動かないかのように語る。論外のダブスタです。

 仮にFAXの返信で、昭恵氏の「関与」があったと主張するなら、昭恵氏から谷さんへの具体的な指示の存在が必要です。

「かもしれない、だろうね。そうかもね。きっとそうだよ」

 民進党や日本共産党、社会党と自由党らの「論拠」はみな推測です。だから、守護が曖昧になります。それを言葉のプロであるはずのマスコミが見逃し、輪をかけて拡散します。

 首相が進退をかけるとまで言い切ったのは、土地取引に関する不正に関わったことが明らかになったときのはずが、「関与」を主語にして拡大解釈を拡散します。

 主語を曖昧にするのは民進党、日本共産党などで、日本の法律に関与する以上、主語を明確にするという、最低限の日本語の素養を身につけて欲しいと願いますが、百歩譲って目をつぶります。

 しかし、マスコミは日本語のプロであらねばなりません。記者は文書において、アナウンサーはしゃべりにおいて、事実を正確に、思いをもれなく伝える必要があるからです。

 しかし、安倍昭恵氏やその周辺を語るとき、マスコミは主語をぼかします。1人や2人ではなく、ものの見事に全員です。北朝鮮もビックリのマスゲームレベルのシンクロで、この同調圧力は独裁国家のそれで、首相を追い落とそうというベクトルですから、安倍晋三独裁でないことは明らかで、SF小説「1984」において国民を洗脳、扇動しようとする「ビッグブラザー」同様に、国民支配をマスコミが目論んでいる馬脚でしょう。

 安倍首相及び自民党を手放しに擁護しません。犯罪事実があったのなら、然るべき処置をとり、罪があれば刑に服すべきです。

 さて、それではどんな罪があるのか。それをハッキリさせるために開かれたはずの、森友学園 籠池理事長の「証人喚問」だったはずが、偽証が疑われる発言が繰り返され、言った言わないでの逃げ切りを目論むかの発言が多数。

 主語を曖昧に報じるマスコミ。

 結論。本件がわかりづらいのは、野党とマスコミが主語をすり替えているからです。

 「主語」に注目して報道に接すると、いかに彼らが「騒動」を長期化させようとしているか、問題をすり替え、論点をすり替えているかがわかります。

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