世界のネット企業が目指すリアル

世界のネット企業が目指すリアル

リアルを目指すネット企業 グローバルなIT企業のトップランナー達がネットからリアルへシフトを始めています。こう書くと、白か黒か二抗対立が大好きな、というより、ふたつの対立軸でしか考えられない人は、バカなと笑うことでしょう。

 ここ1〜2年ほどで、多元的な見方というか発言をするIT系の有識者も見かけるようになりましたが、オンかオフかの発言は、マスコミ受けし易いためかいまだ主流派で、代表的なものが「ツイッターが社会を変える」とした珍説です。

 新しいネットサービスがブームになる度に生まれ、直近ではFacebookやLINEで、似たようなタワゴトが拡散されつづけております。

 シンプルな意見は鵜呑みにし易く、うっかりものほど信じてしまい、というより、そこまで真剣にITと向き合う人は少数派で、カウチポテトな一般視聴者や、知ったかぶりをしたいだけの読者には、そちらの方が咀嚼しやすく、需要と供給の関係ができていたのでしょう。そしてこの構造は、戦後の我が国を覆う生活習慣病のひとつです。

 善悪、プラスとマイナス、性癖のSかM、血液側はBかそうでないかで分類することで、分かった気になり、考えを深めず、つまりは「思考停止」する訓練を続けているのです。IT分野に限らず。

 ニュース番組で、わざわざ当たり障りのない「コメント」を発するようになったのも、分かりやすい「正解例」を提示することで視聴者を安心させるため。思考停止に慣れた人にとっては、考えさせられるのは苦痛以外の何物でもなく、それは、いまさら電卓もスマホも使わずに、7人分の割り勘や、3割引きの計算をするのが面倒と感じる心とまったく同じです。

 海外はと言えば、NHKのBSで報じられる海外のニュース番組では、まとめた事実を淡々と報じる「ストレートニュース」ばかりです。ニュースという素材は提供するけど、価値判断は視聴者に委ねるというスタンス。

 より政治色の強い番組もあるようですが、日本で言えば「バラエティ番組」で、どちらもテレビ朝日になりますが、深夜枠になる前の『テレビタックル』や『朝まで生テレビ』などに近いでしょうか。実体的には『サンデーモーニング』もこの枠にはいるでしょう。

 政治的傾斜、思想的な偏向があっても、明示さえしていれば、視聴者はそれを差し引きして判断することもできますし、なによりバラエティ番組が提供するのは「娯楽」。昭和時代は「ドリフ」や「ひょうきん族」を観ると「バカになる」といわれたものです。政治バラエティを観てどうなるかはともかく、「娯楽」というのはいかがわしいぐらいでちょうど良く、『サンデーモーニング』などピッタリと考えます。

 一方、考えたつもりでいても、単一的な価値観にしか立たず、片方からの視点でしか見ていないのでは、実のところ「考えていない」のと同じです。

 相手の立場はもちろん、第三者の意見、先んじた理由、遅れてきたものの考えなど、多面的に捉えた上で、どう判断するかが「考える」ことだからです。

 どこかで耳にして、なるほどなぁと唸ったのは、LGBT(性的マイノリティー)について考える際、戸籍上も生物学上も、さらには精神的にも男性として生まれ、そして男性を好きになる性癖の人に、女性を好きになれと強要することは、異性好きとして生まれた男性に男性を好きになれというのと同じ、というもの。

 一理あります。もちろん、百人どころか、千人いれば千通りはあるはずの性癖のすべてを許容する社会を作ることは不可能で、医学に科学、宗教に経験則(伝統)などを踏まえた上で、ルールという枠組みにはめ込むわけですが、法律で線引きする必要のないところは、互いの理解でやり過ごせば良いのではないか、とわたしなどは考えます。そして、その法律もときどきに検証し、実状に沿わなくなれば変えていけば良いとも。

 そして考えた上での意見が対立するのは、多様な言論が保障された健全な社会の証左です。自分が考えたように、相手の考えにも一定の敬意を払いたいものです。

 さわやかに脱線しましたが、いつものこととご容赦ください。
 IT業界のリアルシフトについて。

 アマゾンはリアル店舗を出店し、さらに「ドローン」による宅配を模索中。グーグルは「自動運転」で一頭地を抜く勢いです。さらに、スマホ決済の「スクエア」は日本でもフィンテック銘柄として注目され、配車サービスの「UBER(ウーバー)」など、世界中で軋轢をまき散らしながらも快進撃を続けております。

 10年前はツイッター、Facebook、GROUPONなどなど、ネット内でサービスを提供する企業ばかりだったのですから、違いは鮮明でしょう。

 今後、ネット内で完結する「IT企業」が生まれないとは言いません。ただ、ネット内の「旨味」が減っていることは事実です。

 ドットコムバブルからはじまり、ITバブルの崩壊後も、グーグルの躍進に続く諸処の企業の成長などもあり、未来永劫、ネット内経済=エコシステムが続いて行くというのが錯覚だとばれました。

 冷静に考えれば当たり前のこと。ネットで代用できることなど、人間の営みの一部に過ぎないからです。私がネットに批判的な立場に立ち続ける理由です。否定的ではなく批判的。つまりは是々非々。さらに踏み込めば「多様性」を前提に考えれば、一つのサービスがすべてを塗り替え、人間社会を支配するかの現象は起きないということ。

 ネットサービス系の限界は「広告」以外の収益源を見つけることができなかったことです。付加価値による課金モデルなども模索していますが、このアプローチの成功例は「ニコニコ動画」ぐらいでしょうが、このモデルが世界で通用するかは未知数。国民性にマッチしたニッチ市場だからです。

 コンテンツを有料で観る習慣は、ケーブルテレビなどにより浸透している国はありますが、ニコ動の楽しみ方は、画面に流れる弾幕と呼ばれる「ツッコミ」で、アレを楽しめない方には「ポカン」。昨年末の紅白歌合戦における小林幸子の舞台装置にも「弾幕」が採用されましたが、多くの視聴者が「ポカン」。ネットで受けたからと、安易にテレビに引きずり出して良いのは「面白動物映像」ぐらいだと証明した紅白でした。

 義父の実家の奥が、小林幸子の生家とのことで、「オラが幸子」と義父は繰り返し、紅白を観て涙ぐんでいたことは添えておきます。その親近感から「敬称略」となったこと、お詫び申し上げます。なお、「奥」といっても田舎のそれで、山がひとつとかふたつとかのレベルの話しです。

 広告依存型のネットビジネスが「終わった」というのではありません。ピークアウト=終了も、善悪二元論的な短絡さ。なにより、そのゴールはまだまだ先ですし、いま湧いている泉が明日枯渇するというものではありません。しかし、限界が見えつつあるのです。

 グローバルなインターネット世界では、いとも容易く国境線を越え、特に米国国内における成功は、世界市場での活躍と比例していると思われていました。実際、グーグルぐらいまではそうだったといえるでしょう。

 SNSが普及し始めたあたりから、サービスの多様化に拍車がかかり、優勝劣敗が明らかとなり始めました。そして、今度はその「勝ち馬」といえども、グローバル市場での収益に暗雲が垂れ込めます。

 あえてざっくりといえば、

「儲かる国、儲からない国」

 があることが明らかとなってきたからです。いわゆる「課金」を受け入れない国が多くて失敗したのは、日本のソーシャルゲームですが、根本的な問題は為替レートの違いと生活水準。

 もっと簡単に言えば、

「1クリック当たり1ドル支払う現地企業は限られる」

 ということ。

 米国、欧州、そして日本のような国は限られます。

 かつてはパソコンを、いまは低価格スマホを新興国で普及させることを夢見るグーグルですが、日の目を見るのは遙か遠いようで、インターネットができるようになれば、新興国にいながら新しい情報に触れることが出来るようになりますが、ネットが温かい食事を運んでくることはありません。

 得た知識により、将来的に豊かになることも期待できますが、何年先になるかわからず、日米欧レベルの広告フィーを支払えるようになるには、更なる時間を要し、上場企業の経営者からみれば、天文学的とも言える時間を用意しなければなりません。

 グローバルでは人口の数だけ収益に繋がる。これがIT業界には通用しないと気がついたといっても良いでしょう。

 春節で再び注目された「爆買い」に代表されるように、中国の人口が消費マーケットとして魅力的とされるのは、人の数だけ口があり、衣食や娯楽、快楽を求めるからです。

 昔で言う南北格差による収益の開きはあるにせよ、現地生産・現地消費なら、おのずと釣り合いはとれてきます。そして現地生産が盛り上がれば、現地の世帯所得の増加も期待でき、必然的に消費価格に跳ね返ります。

 ネットが活躍するのは、せいぜいここから。食品、衣料、工業製品その他、「リアル」の産業との大きな違いです。

 ネット通販各社が世界中で苦戦し、楽天市場が海外事業の清算を検討していると報じられている理由も同じ。現地レベルでわずかな利益が出たとしても、グローバル経営を標榜するなら、ドル建てベースでは人員を割いた割りには儲からない、儲けにくいことが明らかになるからでしょう。

 ネットがあれば便利、だからみんなが利用する。とは、みんな平和が大好き。だから平和を望めば平和になる、と同じです。心の願いと現実が、必ずしも一致しないのは、破れた初恋を思い出すまでもないでしょう。希に初恋の人と結婚し、幸せなまま人生を終える人がいるかもしれませんが、レアメタルより希少な事例は一般論になり得ません。

 心の願いが現実にならないからと、願いを捨てろなどといった、短絡的な二抗対立で語りはしません。私などは始まらずもせずに終わった初恋の夢をいまだに見るのですから。

 初恋話は冗談にしても、願いをいつか叶えるための活動と、いま、何をすべきか重なることもあれば、相反することもあり、それは人間だけではなく企業も同じだと言うことです。

 ふと気づけば「リアル」では、街中にネット環境が当たり前になっていました。かつては持ち運びが困難だった「デスクトップパソコン」と、「電話回線」に限られたネット接続環境が、スマホ1台で事足りるようになります。さらには、より便利と求める声が、街中に「無線LAN」を張り巡らせます。都市部に限れば、室内と室外のネット環境の差は無くなりました。

 かつては不便だったリアルが、そのままネットサービスを提供できる環境になっていました。どこにいても、情報と接する電脳空間同然となっていたのです。そして生まれたのが「スクエア」であり「ウーバー」です。

 アマゾンがリアル店舗に賭けた野望の全貌は、いまだ見えてきませんが、「グーグル」で噂されているひとつは、自動運転技術と街中広告のコラボレーション。自動運転の車中で

「右斜め前の蕎麦屋が美味しいと、××さんが薦めていました。
 今度、立ち寄ってみてはいかがですか」

「いま、立ち寄ったハンバーガーはいかがでしたか?
 美味しければシェアしてみませんか?
 店主が広告料として売り上げの10%を進呈すると言っています」

 と、CMにおける「OK! グーグル」の要領で。

 街中を走行中の広告は効果が高く、ましてや紹介者が同じ町内、知人、友人なら、そこらの料理研究家や、カリスマシェフより広告効果の高まりが期待できます。

 実験がはじまったばかりのものが多いとは言え、世界のネット企業はリアルを見据えているのは明らか。ユーザーがリアルで過ごす時間からの、マネタイズ(換金作業)を目指すのがいまのトレンド。

 ネットからリアルへ。
 という浅はかな二元論ではなく「ネットもリアルも」と。

 一方、我が日本では、ブログサービスの先駆者とって過言ではない「はてな」が本日上場しました。

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