何でもないようなことが大切だった。ホームページのあるべき心

「あるべき心の見本市で、すごく気持ち悪い」

仕分け人の一人、元杉並区立和田中学校校長 藤原和博東京学芸大
客員教授の「心のノート」についてのコメントです。

「心のノート」とはいわゆる「道徳」で使われているものですが、
その内容は本稿をご覧ください。気持ち悪いかどうかは主観によりま
すが、この内容を「すごく気持ちが悪い」と思う人を私は気味悪く
みてしまいます。

さすが公立中学校に「進学塾」を導入した「効率主義者」とみる
べきでしょうか。

あるべき心。とは、実は不変なものではなく、国や宗教、それも
時代と共に変化していきます。だからこそ、一定の「枠組み」を
示す必要があります。それは自由とは独立して存在するものではなく
束縛や強制の対立概念としてあるという考えに基づきます。

裏を返せば「あるべき心」があるから、不道徳や卑怯という概念が
生まれ、「あるべき心」がなくなったから不道徳や卑怯を恥じいる
価値観がなくなったのではないでしょうか。

で、本稿はそこにひとつの「結論」を述べた後、企業ホームページの
「あるべき心」について指摘します。気持ち悪ければごめんなさい。

■心得其の149
「何でもないようなことが大切だった。ホームページのあるべき心」
http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2010/01/06/7049

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