三つ子の左翼は百までも

 この日曜日に、またひとつ馬齢を重ねました。満年齢で年を数える世代ですが、物心ついた頃は「数え」でカウントする大人も多く、ふたつの年齢に揺れたものです。

 また学齢においては「遅生まれ」のなかで最後に年を取る12月のためか、感覚的に老成しており、さらに西暦の下一桁が0年で、西暦が年齢とシンクロしており、わざわざ満年齢になったからとひとしおの感慨などありません。

 しかし、年齢を重ねたからこそより深く感じ入るようになったのは

「昔の人は偉かった」

 ということ。坂本龍馬が薩長同盟をなしたときは30才だったとかではなく、格言や諺に刻まれた叡智をしみじみと思うことが増えたのです。

「三つ子の魂百まで」

 もそのひとつ。幼い頃の性格は、年を取っても変わらないというもので、三つ子は百才になっても仲が良いという意味ではありません。

 この言葉には持って生まれた素養が変わらないという意味と、幼い頃に習ったことは忘れない、あるいは習性として刻まれると意味の慣用句として使われます。

 わたしがしみじみ思うのは主に後者です。

 なぜなら。三才児が百に達したとして、その三才の素養を正確に把握し、百の時点と比較できるものが理論上以外では存在しないこと・・・とは野暮な言葉遊びですが、育った環境、染まった思想はそうそう抜けるものではないと日々感じるからです。

 端的なものが「軍隊」。もうすぐ30年となる付き合いの友人と深酒をしたとき、彼は折り目正しい酔っ払いとして、大言壮語吐きながら天下国家を憂いてみせました。

 そして「近隣諸国(特定二国、あるいは中華文明圏の彼ら)」の話しに至り、どうして日本は反論しないのかというので、国内で暗躍・・・もとい大活躍する左翼勢力と在日のコラボについて語っても、酔っ払いには不可能と判断し、「軍隊」を例に「普通の国」について解説します。

 彼は「普通の国」については理解しました。酔っぱらいの評価ですが、

「あのテレビのオジサン、あれ誰だっけ? このまえ特番やってた」
「池上彰?」
「あぁそれそれ、あのハ○」

 と、酒席の上での言葉の乱れは脇に置き、わたしの解説に得心します。しかし、と断りこういいます。

「軍隊はイケナイ」

 どれだけ説明しても「徴兵制」「太平洋戦争」、そして「ダメじゃん」で言葉を結びます。酔いが回ったこともあるでしょうが、ここで思考停止。

 それは我々が戦後教育、占領軍による洗脳プログラム、すなわち日教組教育を受けてきた結果です。四半世紀前に学生をやめているにも関わらず奴らの呪縛が解けません。

 一般人は軍や外交について考える必要性はなく、異性やファッション、ゲームにアニメにワンピースの今後の展開の方が人生においての重要事という人も多く、すると知識を上書きする機会がほとんどなく、故に日教組教育が温存されるという面はあるでしょう。しかし、それ以上に三つ子の魂百までというように、最初に刷り込まれた思想は根深いものがあるのです。

 だからこその教育改革であり、道徳教育の重要性もそこにあります。

 特定秘密保護法にハンタイと迫る心根も日教組教育が根底にあります。とにかく戦前は間違いだったを基準点とした歴史認識で、そこで起きた事象はすべて否定的に捉えるもので、法案が衆院を通過した11月26日、国会周辺で大声を上げていた宗教団体を装った活動家は「戦争反対」とシュプレヒコールをあげていました。他には原発反対にTPP反対というプラカードも散見しました。それ、関係ないだろう? というツッコミをメディアに見つけることは困難です。

 なぜなら、いわゆる活動家の発言を一般論のように取り上げるのは、主にテレビ番組で、それは製作者サイドが彼らにシンパシーを感じているからです。バリバリの左翼ばかりではありませんが、声の大きい活動家の主張に引きずられるのは、日教組教育という三つ子の呪縛です。

 道徳教育に反対するのも同じ発想です。本稿で繰り返し述べているように道徳ほど採点しやすい教科もないのに、心の問題に国が介入するのはおかしいとアジテーションを繰り返します。道徳が採点しやすいとは、行列に割り込みをしないや、困っている人が手を貸す、気軽に連帯保証人にならないといった、いわゆる「常識」をリスト化して、○×にすればよいだけだからです。

 友人がわたしを評した「池上彰」氏。もともと反日左翼の温床である国営放送(これってギャグですよね)NHKの出身であるところに「いわく」をみつけますが、いまや民放でも大人気のキャスターです。

 わかり易いと評判のニュース解説ですが、当初より違和感をもっていたのは巧妙に隠した反日的というか、左翼的視点からの解説が多かったことです。

 NHK時代「こどもニュース」で名を上げたことから、ざっくりとした説明のための副産物かと受け流していましたが、彼の馬脚が見えたのが先週発売の週刊文春の連載『池上彰のそこからですか』。

 時事問題について池上彰が解説するという体裁で、この週のタイトルは

『昔は道徳が行き届いていた?』

 と題し、道徳の教科化を批判する内容です。段落毎に小さなイヤミが散りばめられた小品で、プロパガンダはこうすべきだという見本のような仕上がりを、いちいちあげつらうのは本稿の目指すところではないので割愛しますが、一例を挙げます。

 現行の道徳の授業は教科外活動として

“正式な教科ではないため、他の教科の補習に使われたりして形骸化していると不満を持っている人がいるのです”

 まず、「道徳」の授業は不用という立場であるところから書かれています。なぜなら「形骸化した授業」がダメという常識的視点が欠けているからです。意図的でしょう。

 語弊を怖れずに言えば、

「妾の子供だからダメといっている人がいる」

 というような論理のすり替えです。正式な教科ではないからと、ないがしろにしているのなら、それこそが問題の本質で、妾の子でも、私生児でも処女受胎でも同じ・・・と、最後は訂正、一神教は面倒なので・・・ならば、教科外活動であっても真剣に取り組むのが筋というものです。

 この論に立つなら、正式な教科外そのものである、掃除の時間やホームルーム、登下校の道草まで適当な指導で良いと容認されます。こうした話しのすり替えは、特定秘密保護法の廃案を叫ぶ主張にも通じます。

 前半は道徳の教科化についてのプロセスへのイヤミが綴られ、副教材的に使われている文科省作成の「心のノート」をもって

「国定教科書」

 と事実の一部を切り取り、別の名称を当て込むことで印象操作を目指します。国家の関与を嫌うのはナメクジが塩を嫌うような左翼の本能的な特徴です。

 政治的主張は前半にまとめ、後半は「論拠」を示します。それは

“「昔は良かった」のか”

 とし、『「昔は良かった」と言うけれど(大倉幸宏著)』から、バスの中で女性や子供、老人に席を譲らなくなったと嘆く、昭和14年と大正7年の読売新聞の投書欄を紹介します。さらに図書館の蔵書への書き込みや切り抜きを言語道断とするのは昭和5年の東京朝日新聞への投書です。

 そして池上氏の経験として、長距離列車に窓から乗り込み座席を確保する大人の様子や、駅のホームに痰壺(たんつぼ)が置かれていたと紹介し、この結論へと読者を導きます。

“「昔は良かった」のではなく、「昔はひどかった」のです。道徳を語る政治家や学識経験者は、事実をもとづいて論じて欲しいものです。”

 とご高説を垂れ流します。

 事実とは何か。これもレトリックです。過去の出来事において物理法則的な現象は、過去も未来もない「事実」を告げることは可能でしょう。

 坂本竜馬が暗殺されたのは刀によるもので、研磨した鋼にスピードを加えれば、人骨を割ることなど容易いことは、縄文人でも未来人でも多分変わりません。多分とするのは未来人にはお目にかかったことがないので。

 しかし、坂本竜馬という人物においての「事実」は歴史の解釈において諸説あり、司馬遼太郎という作家がいなければ、日の目を見ることなかったという説もあれば、口が悪いものによれば、歴史の狭間で右往左往していただけという説もあります。

 また「事実」に基づいたとして、それを「良かった」「ひどかった」と判じることは論理のすり替えです。

 なぜか? それは歴史認識です。韓国が伊藤博文を射殺したテロリストの安重根を英雄と讃えます。さて「良かった」ことでしょうか、それとも「ひどかった」ことでしょうか。

 米国は広島と長崎への原爆投下により戦争が早く終わり、被害の拡大を防いだと主張します。確かに「その後」の死傷者の数はわからず、数百万人の死傷者がでたかもしれない可能性だけは否定しきれず、ならば広島の14万人、長崎の7万人の犠牲者は「良かった」ことでしょうか「ひどかった」ことでしょうか。

 過去のある時点の事実だけを取り上げて「良かった」「ひどかった」と断じるのは傲慢であり、歴史への敬意がありません。そしてこれは左翼の特徴でもあります。

 多少の違いに目をつぶれば、最終的には共産革命(あるいはそれに準じる社会システムで、地球市民という国境のない世界を目指す発想も同じ)という解脱を目指す修行僧であり、過去とは共産主義という名の神の生まれる前の救済されない世界であることから、基本的には否定的に捉えます。

 封建制も色濃く残る過去を眺めて

「昔は良かった」

 などとは、口が裂けても言えません。池上彰氏はやっぱりそちら側の人だったのだなぁと、この一文だけ分かります。いまも左翼的活動をしているというより、三つ子の魂百までなのでしょう。白いシャツに染みついた赤いケチャップは、そう簡単に落ちないのです。

 それでは「道徳」について、昔は本当に酷かったのでしょうか。

 その前に「昔は良かった」についての誤解を解いておきます。池上彰氏は意図的に混同させていると睨んでいるのですが、人の判断は経験を元にします。そして生物は本能的に変化を嫌います。するとすでに経験した過去と、つねに変化している現代の、どちらにシンパシーを感じるかと言えば答えは明白です。

 流行歌などその最たるものです。

「最近の流行歌は」

 と腐して

「昔は良かった」

 とするのは、先の人間のメカニズムに加えて、時代を経験したことによる付随情報が加味されるからで、純粋な音楽的な評価から良い悪いの判断を下してはいません。

 もちろん、AKB48に代表される(させるのも可哀想ですが)

「歌わない歌手の熱唱」

 というおかしな表現は最近の流行歌の特徴というか異常さですが、生歌を期待しないお客がいて、それを提供することでビジネスが成り立っているなら、金を払わない部外者がとやかく言うことではないのでしょう。「初音ミク」というプログラムを歌手と認識する時代であり、かつて「浅田美代子」や「田原俊彦」の歌唱力が叩かれた時代とは違っているということです。

 ただし、「歌う」という根源的な人間の活動という尺度においてみれば

「いまはひどい」

 と指摘することにやぶさかではありません。歌唱力も音痴も個性のひとつですが、パソコンで音程を補正でき、それを流してのライブとは、原付バイクにまたがり行う徒競走のようなものです。本人の能力よりもエンジニアの勝利という意味です。

 昔はひどかった。そのもっとも顕著なのは「タバコ」です。ダイアナ妃が事故死をしたと知ったのは新婚旅行で訪れた沖縄からの帰りの飛行機のなかです。機内でタバコが吸えました。映画館でタバコが吸えた時代もあり、東京ドームになる前の後楽園球場でもタバコが吸えたものです。

 宮崎駿の遺作(本人の引退宣言を真に受けるなら)なるであろう『風立ちぬ』で、主人公の喫煙シーンが、嫌煙団体のターゲットにされたのは記憶に新しい所ですが、喫煙に寛容だった、ともすれば大人の嗜みとされていた時代がかつてはあったのです。

 フィクションの体裁をとっていますが、史実をベースにしている作品に対して、現代の価値観を持って修正を迫るのは、中国の「正史」と同じです。

 米スタンフォード大学の研究グループが日中韓の教科書を調べたところ、日本は「ヒストリー」、中国は「プロパガンダ」、そして韓国では「ファンタジー」だったと指摘します。

 正史とは政権の座にあるものが、みずからの都合に合わせて改変するもので、嫌煙権の高まりを背景に、過去の修正を迫る姿も同じです。人権派と呼ばれる連中や左翼が、中韓と重なるのは正史をもって歴史と主張できる厚顔さかもしれません。

 ちなみに韓国の「ファンタジー」とは創作という意味で、韓流ドラマにおける「時代物」はすべてファンタジーなのですが、驚くべきことに韓国国民はそれを史実と受け止めているようです。日本でいえば滝沢馬琴の戯曲『南総里見八犬伝』や、萌えアニメ『戦国乙女』を史実だったと信じるようなものです。余談ついでに言えば、そんな国が唱える「歴史認識」の正体を、日本のマスコミはまったく報じません。

 池上彰氏の狙いは「道徳教育」の否定にあります。だから「昔はひどかった」と断じます。政治活動といってよいでしょう。

 なぜか? 彼はイスラム圏にも造詣が深く、ニュース解説などでは彼の国の為政者や国民の視点から解説できるからです。つまりは「価値観」とは、宗教や土地柄により変わるコトを知っているということです。ならば、戦中や戦前、つまりは「昔」には違う価値観が存在していたと認識しているとみるべきでしょう。むしろ戦前も現代も同じ価値観と見るならジャーナリストを名乗ることなどできません。

 そして価値観の変化に触れず「ひどかった」と断じる姿は、道徳教育を阻止するための「活動家」の筆です。

 「痰壺」。いまやすっかり見なくなりましたが、わたしの子供の頃はコントの小道具として登場していました。うっすらとですがJR(国鉄)の駅構内でみたようの記憶もあります。

「痰を吐き出す」

 を当たり前とした価値観の時代で、ところ構わず痰を吐き出すのではなく「つぼ」にまとめろというものです。これはポケットティッシュの普及により消滅した価値観です。もっとも公衆の面前で唾を吐く行為は、そもそも下品とされていましたが。そしてこれは見知らぬ時代ですが、舗装道路のない時代、土の公道に土埃が舞うことは容易に想像でき、そのとき口に入った砂粒をはき出さずに飲み込んでいたとは考えにくいものがあります。

 さらにバスの車内で席を譲るか否かですが、乗り合いの交通機関が登場して日が浅い時代背景も加味しなければなりません。こうした事情を斟酌することなく、政治家や学識経験者に対し「事実にもとづいて」と大上段に構える池上彰の馬脚が見えます。

 こうした彼らの活動を、現代格言として

「三つ子の左翼は百までも」

 と提唱し、本日は筆を置きます。

 そもそも「昔は良かった」というのは、古代ローマ時代から同じ嘆きがあり、人の世の習いに過ぎません。

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