昨年の新書大将を受賞した「日本辺境論」を読んで数ページ。
どうしてここまで「卑屈」なんだろうと憤慨しました。
憤りはこう。
「俺は違うぜ」
他人との評価の中で自己の存在を確認し、舶来ものをうやうや
しく取り扱い、同時に国内の下々を粗末に扱う。
確かに順位は気にならなくもありませんが、所詮、我と彼は
違う人間で、目指すところも求めるものも、能力も違うのですから
自ずとアプローチも結論は異なるはず。そんなに周りのことばかり
みて生きていたって面倒・・・って、あっそうか。とここで気づきます。
立場を変えてみます。「自分」を中心に読み解くのではなく、
周辺の日本人の行動原理に当てはめながら読んでみると・・・なるほど。
そして今の「ツイッター礼賛」や「クラウド万歳」の図式と
重なり、丁度読んでいた「竜馬が行く」の時代の幕府の右往左往と
本稿の主人公が重なりました。
ツイッターやクラウドも幕末から進化していない「クロフネ0.2」
http://journal.mycom.co.jp/column/itshacho/057/index.html