豊洲赤字論に欠ける富の再分配という行政の役割

豊洲赤字論に欠ける富の再分配という行政の役割


 混迷が続く築地市場の行方について、小池百合子東京都知事がひとつの「方向性」を示しました。

 築地を守り、豊洲を活かす。

 と銘打ち、一旦は豊洲市場に移転した後、築地の再整備を検討するというものです。

 実に狡猾です。

 テレビ朝日「モーニングショー」で玉川徹テレビ朝日社員は「非常に練られたやり方」と推測に仮定を重ねて礼賛していましたが「練られた」という一点にのみ同意します。

 具体策を示さぬ「方向性」のみで、メディアコントロールが可能となったからです。

 各種報道に触れても、もやもやしている方は少なくないでしょう。その理由を端的に述べればこうなります。

「具体策が示されていない」

 築地を再整備する計画どころか、豊洲移転のスケジュールも、その後の再移転も一切示されていません。

 だから、ファクトを下敷きとする建前のマスコミも漠然としか報道できません。都知事と東京都が提示した、わずかな資料を基に推論を重ねるしか手段がなく、しかしそれはファクト=事実とは異なり、抑制的になってしまいます。玉川徹氏は異例という異形です。

 一方で「築地を守る」とか「伝統を守る」という言葉に、善良なる日本人はシンパシーを得ることでしょう。守るとは、主に弱者に向けられ、正義を守護する文脈で語られるからです。

 錯覚です。

 ヤクザだって自分の縄張りを守りますし、代紋の伝統だって守ります。また、テキ屋系のヤクザが、屋台を日本の伝統文化として守るためにNPO法人を作ったという話しも聞いたことがあります。

 守る、とはその守る正当性と必然性が検証されなければならず、「築地ブランド」は、巨額の都税を投入してまで守らなければならないのか、それに見合うのか、という説明が一切ないままで、判断しろと言われても「できない」のです。これが「もやもや」の理由のひとつです。

 そしてメディアの口を封じることに成功しました。だから「狡猾」。

 しかし、すでに明らかになっている公知の事実から見えてくることもあります。実にシンプルな話しです。そしてそこにも「もやもや」の理由があります。

 それは「お金」の話し。

 築地の再整備は800億円と発表していますが、土地面積の違いなどがあるとはいえ、6000億円にも膨らんだともいわれる豊洲との開きは尋常ではありません。

 すでに築地の土壌汚染は明らかななか、果たしてこの数字で納まるのかという疑問。

 また、築地を民間に貸し出すなどして、年間160億円の収入を得れば、2050年には黒字化するという話しもあります。築地再整備はこの試算を軸としているところがあり、都知事も会見で「豊洲もいずれ老朽化する。その時の費用について、いままで考えてこなかった(要旨)」と述べています。

 黒字になるという話しは魅力的。そうなるなら確かにそちらの方が良いことは明らか。でも、もやもや。

 では結論。

 いずれも東京都の試算に過ぎない、ということ。

 豊洲整備と移転の費用が膨らんだのも、東京都の試算が間違っていたからで、仮に専門家の手を借りたものであっても、合理性を感じて議会に諮ったのは東京都の職員です。

 議会の責任はもちろんありますが、現時点での築地再整備の議論は議会に諮られておらず、すべての責任は都知事と東京都(役人)にあります。

 いわば甚大な損害を与えるほどの見積もりミスをした人物や部署に、新社長が見積もりをださせて、それを新提案として発表しているということです。

 豊洲移転ありきだったから、築地再整備のための画期的なアイデアがでなかった。と、いう主張を、百歩譲って呑んだにせよ、「豊洲ありき」は東京都の方針であったことは、石原慎太郎氏が都知事だった時代の記者会見や、百条委員会での証言からも明らかとなっている事実です。

 すると豊洲移転の方向性を立てた、当時の東京都職員は、東京都の財政を破壊するために方針を立てたということになります。ならば、これこそ犯人を炙り出さなければならない巨悪でしょう。

 そうではなく、あくまで老朽化した築地からの移転を目指したものなら、やはり「見積もりミス」という結論に辿り着きます。

 石原都政がはじまった1999年を、豊洲移転元年としても、まだ20年も経っておらず、そのとき、大卒からの入庁十年で、32才の技術系職員が見積もりに携わったとして、現在でも退官するには早い50才です。

 豊洲見積もりの当人ではないにせよ、引き継がれているはずのノウハウからの見積もりを、信じるほうがどうかしています。

 ここらについては推論に過ぎませんが、公開されている情報と、公知の事実から導き出される結論は「ご都合主義」ということ。

 冒頭で「狡猾」と評価した理由でもあります。

 記者会見で都知事が示したのは「方向性」で具体論は一切と言って良いほどありません。だから、具体的な批判ができず、築地の再整備費についても「築地改修案」に過ぎず、実際には仮定条件の多い私案のレベルの話しですから、オフィシャルな見解ではないと弁明が可能。

 年間賃料160億円も以下同文。2050年といえば、日本の人口が1億人を割り込むとも言われており、人口が減少すれば土地建物への需要が減るとの指摘があっても、具体論として述べていないとかわすことができます。

 批判をかわす、争点をぼかす、という意味で非常に練られたアイデアというわけです。もちろん、それは都民ファーストではありませんが。

 最後に、小池都知事の豊洲老朽化時の費用を、築地の賃貸で賄うというアイデアについても、誰も指摘しないので「行政」の性質からの指摘をしておきます。

 民間企業にとって、費用対効果は至上命題で、事業所や工場、倉庫の改修費用は利益から捻出するのが理想的です。金融機関からの借り入れで賄うにせよ、キャッシュフローでの黒字がなければ支払いは滞ります。

 ただし、豊洲市場は東京都が、都民の生活において、その必要性を認めて開設する中央市場です。そこに投じられるのは「税金」ですが、行政の重要な仕事のひとつには「富の再分配」があります。

 金持ちから多く受け取った税金で、貧しい人の生活を助けるために支給する直接給付だけではなく、金持ちも貧乏人も等しく利用できる、生活インフラを整備することも富の再分配です。

 東京都による無造作な赤字の垂れ流しを支持しませんが、豊洲市場の運営費、また老朽化したときの更新費用も、地元となる江東区やその周辺自治体の生活インフラとして、その必要性があると認めるならば税金の投入を躊躇う必要などありません。

 ところがこれを、単純に赤字黒字と語るのであれば、行政としてもその長としても失格と言えるでしょう。すべてを市場原理に委ねるなら、中央市場など不要です。日頃、弱者の味方をしたがるリベラル勢力、リベラルメディアがこれを指摘しないのはおかしな話しです。

 また、築地を賃貸にして黒字にするとは、形を変えた増税に過ぎません。160億円の賃料を支払う企業は、その経費に利益を上乗せしてサービスを提供するからです。

 築地の跡地を利用する消費者から、間接的に所場代として税金を徴収するということです。

 これらの試算は「繁盛」が前提となっているはずです。ならば築地の再移転が実現したとき、仲卸ないしは卸しもまた、高収益を実現しているはずで、それは特定企業への利益誘導となります。

 行政の公平公正の観点から見れば、築地新市場での営業権は抽選なりオークションなりの、一定の透明性が求められなければなりません。

 豊洲新市場にかかる経費は、富の再分配の理屈から、都民の負担と市場関係者への一定の便益は仕方がないとしても、「食のテーマパーク」は果たして富の再分配か、特定業者への利益供与か。この議論も深めなければならない、と都民の一人として考えますが、こうした議論がはじまる気配すら見つかりません。

 さらに、築地と豊洲の機能移転説が、まことしやかに語られていますが、これを論じる前に、市場の狭隘かを理由に、魚を「足立市場」に残し、青果と花卉を「北足立市場」に移転した結果を検証すべきです。

 市場と物流の変化もありますが、かつては10ほどあった青果の組合も、いまはひとつと北足立市場で仕入れる八百屋の義父は嘆いています。

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