TBSはやはりオウムだった

 いたずらに危機感を煽るのはマスコミと新興宗教の常套手段で、オウム真理教の躍進を、TBSが助けたのは暗示的です。

 TBSが提灯番組を放送したわけではありませんが、オウムが社会問題になりはじめたころ、問題追究の急先鋒にたっていたのが、坂本堤弁護士でした。

 TBSのワイドショーが、オウム問題を報じる際、オーソリティーとして坂本堤弁護士への取材をしました。この動きを知った、オウム真理教側の幹部がTBSに押しかけ、放送中止を要請するとともに、取材したVTRを見せるように迫り、そして見せてしまいました。

 これが坂本堤弁護士一家殺害へと走らせた原因とされています。
 あいつは危険だ。消せ(ポア)と。

 弁護士本人だけではなく、妻も一歳の長男も無惨に殺しました。これがオウム真理教で、引き金を引いたのはTBSです。後に事実が発覚しそうになると、隠蔽しようとしますが、オウムによるテロ計画をまとめた「早川メモ」で、坂本弁護士のインタビューをみていなければ知り得ない情報が見つかり、ようやくTBSは白状します。

 これをきっかけにTBSは「ワイドショー」を中止し、生まれたのが「はなまるマーケット」でしたが、舌の根が乾いたのか、すっかりワイドショーを復活させています。

 仮にTBSに反省があるのなら、地下鉄サリン事件はもとより、ことある毎に「検証」をすべきですが、国分太一がMCを勤める朝のワイドショーから『ひるおび』まで、これに触れることはありません。

 つまりTBSに反省などありません。

 残虐な殺人を犯したオウム真理教に最大の罪があるとは言え、その後の松本サリン事件や、地下鉄サリン事件と凶悪化するきっかけとなっており、TBSの責任は重大で、先ほどはさらっと

「この動きを知った」

 としましたが、なんのことはない、オウムを取材していたTBSのスタッフが、オウム側に「ご注進」しているのです。

 あるいはオウムにっては「敵対勢力」にあたる坂本弁護士の動きを伝えることで、とくダネを引きだそうという狙いがあったのかも知れませんが、それは取材の範囲を超えています。

 仮に坂本弁護士のインタビュー動画を、オウム特集でオンエアーすると「企画説明」で行ったとしても、そのインタビューの内容を、放送前に対立する側に見せるなど、放送の中立性を破壊する言語道断な行為です。さらにオウム側の抗議を受けて「放送中止」するとは、オウム真理教の宣伝機関に堕しており「報道」を語る資格などありません。

 ところがいまも岸井成格氏らを筆頭に、元気に妄言を拡散し続けており、TBSで信用できるのは天気予報ぐらいです。

 そのTBSで放送されている『サンデーモーニング』については先週触れた通りですが、左翼の恐ろしいところは、なりふり構わず、というより活動そのものが生き様というか行動原理になっているので、どんな隙間でも活動を押し込んでくるところです。

 その粘着性に、半分呆れ、半分感心します。たぶん、便所コオロギの研究などに没頭すれば、ノーベル賞も夢ではないだろうと。潔しを美学に持つ、保守や古来の日本人が不得手とする能力です。

 TBSはラジオも持っています。ここもまた彼らのイデオローグの場になっており、中立を装いながら持論(左翼&リベラル&侮日)を拡散する日本型左翼の伝統芸の正当伝承者とも呼べる、荻上チキ氏の大活躍はつとに有名です。

 ラジオ界には左巻が多いのは、自由な空気感と反政府活動を同一視する錯覚からで、安保闘争はなやかりしころの学生運動の夢よ再びという面と、相手が見えないことからの「言いたい放題」もまたラジオの持ち味だからなのでしょう。

 電話では強気なのに、対面すると気の小さい人や、いまならネットでは超攻撃的な人物が、実は小心者という、分かりやすく言えばいわゆる「ネトウヨ」的な気質で、左翼やリベラルがネトウヨを嫌うのは、思想的な対立というより「近親憎悪」なのでしょう。

 ちなみに曽野綾子氏のコラムについてのブログで、私を「ネトウヨ」と侮蔑するコメントも散見しましたが、私は対面の方が態度は悪く攻撃的とは慣用句ではなく事実です。

 そのTBSラジオの大御所のひとり「荒川強啓」氏の番組、

『荒川強啓 デイ・キャッチ!』

 は知る人ぞ知る左翼の巣窟なのですが、表現の自由が認められている我が国で、思想の左右による検閲も停波もないので絶賛放送中だそうです。

 そう、何を話してもよい自由が保障されている素晴らしい国です。そんな素晴らしい国の、公共の電波を使って

「テロ予告」

 をやってのけたのが『荒川強啓 デイ・キャッチ!』。

 リッパート駐韓アメリカ大使が、韓国民族派のテロリストに切りつけられ、九死に一生を得たあの事件の掘り下げで、韓国サイドの事情通として登場したルポライターの姜誠(カンソン)氏が警告します。以下、発言要旨。

「戦後70年談話の内容によっては日本もテロの標的になる」

 荒川強啓氏ら、出演者は恐れおののくばかりで、抗議の声を上げません。あまつさえ、

「テロはテロを誘発する」

 というカンソン氏の言葉にうなり声。そして

「ナショナリズムを煽る発言は気をつけなければならない」

 と、どこから視線か分かりませんがカンソン氏。

 主語が不明なため要領を得ない発言で、ライターとしての資質に疑問を感じずに入られませんが、固有名詞を避けることで言質を与えずに、相手の連想から恐怖を誘うヤクザや詐欺師の手法として、文脈を解釈するなら

「韓国が気に入らない戦後70年談話を、安倍(首相)がだしやがったら、韓国の活動家が日本相手のテロをはじめるよ」

 となります。本家のポッドキャストは期限切れですが、YouTubeに転載されていますので、興味のある方はお聞き下さい。

 戦後談話がどんなものであれ、国家に対するのは国家です。韓国政府が「外交」としての抗議をするのであれば、それは韓国政府の方針であり、日本政府としても正面から受け止め、受け入れるべきは受け入れ、その余地のないものは断固として拒否すれば良いだけのことで、仮にそれで国交が断絶しても、日本が独立国である以上当然のふるまいです。

 もちろん、日本側からわざわざ断交を宣言する必要もありませんが、主権国家として、その国民に選ばれた首相や政府がだした談話に、隣国が撤回や訂正を求めるのがそもそも筋違いです。

 町内会レベルに置き換えれば、隣の家の家訓や伝承に難癖をつけるようなものです。すなわち喧嘩とならずとも、距離を置くのが大人のふるまいです。

 もちろん、たかが韓国国民が文句を言えるものではありません。仮に、たかが日本国民がパククネ大統領の発言によってテロを起こすと発言しようものなら、逆の立場におかれた彼らは火病る(ふぁびょ・る、失神するほど逆上するというの意味)ことでしょう。

 公的性質の強い首相談話に「言論の自由」を持ち出すのは、若干意味が違ってきますが、しかし、言論や表現の場であるラジオ番組で、暴力による言論封殺を「放置」したのが荒川強啓であり、そのときの出演者らでありTBSラジオです。

 さすがは、オウム真理教の協力機関です。社会正義も法による支配もありません。

 そもそも韓国が戦後談話に口出しするのもおかしな話し。なぜなら、日本は韓国と戦争などしていないからです。彼らにとって「戦後」とは、日本と共に迎えた「敗戦」です。仮に

「なぜ戦争に負けた」
「どうして戦争を始めた」

 と、かつて日本国民だった立場からの苦言ならば理解もできますが。

 ラジオつながりで引用すれば、ニッポン放送「ザ・ボイス」に出演した独立総合研究所所長の青山繁晴氏が、3月5日の放送で紹介していたのは、サンディエゴの海軍基地を訪問した際、現地の米国軍関係者(あえて尉官を語らず)は

「日本とアメリカは真っ正面から戦った相手、中韓とは戦っていない。韓国とは戦争をしていない(要旨)」

 と語ったと言います。

 歴史的事実を述べれば、その通り。

 日本人らしく相手をおもんばかって、韓国人の主張をさえぎらないとしても、テロを起こすとまでいわれて黙っているとは、座して死を待つか、テロという恫喝に、尻尾を丸め、媚びを売る負け犬です。

 恫喝に屈するようでは表現の自由も、報道の自由も語る資格なしです。いや、オウム事件を振り返るに、もともとTBSにその資格はなく、地下鉄サリン事件から20年が経過しても、その資格を満たしていないということです。

 あるいはこうかもしれません。

「とにかく安倍には、村山談話、河野談話を継承させなければならない。その為にはテロでも何でも利用してやる」

 これは政治活動。表現の自由、思想信条の自由としては見逃しますが、公共の電波を使い、己の立場(政治的スタンス)を隠してのそれは、狂信を隠してメディアを席巻していたオウム真理教と同じ・・・って、『サンデーモーニング』と同じ結論になってしまいましたが、ましてや「報道」ではありません。

 ちなみにカンソン氏とはどんな人物か。朝日新聞のウェブサイト「asahi.com」にみつけた9年前の記事によると、在日コリアン3世で、山口県の高校を卒業して、1976年に早稲田大学に入学とあります。

 記事の当時で48才とあるので、昭和33年(1958年)生まれ。「やしきたかじんメモリアル」によれば1957年となっていましたが、さて、在日一世の祖父はいつ「来日」してきたのでしょうか。

 史実を元に考えれば、祖父のころは韓半島も「日本」だったので「来日」の表現は誤りですが、韓国の主張する「戦後」を軸に考えるならば、当時から「韓国」という国の存在が必要で、やはりそこは「来日」になるのではないかとはイヤミですが。

 あるいは「強制連行」されてきたのでしょうか。

 実際の著作を読んでいない孫引きで恐縮ですが、カンソン氏の著作『またがりビトのすすめ. 「外国人」をやっていると見えること』を紹介したブログに

“父は北海道生まれの在日コリアン二世、母は一〇歳のときに韓国の慶尚南道からやってきた在日一世だった。”

■コリンちゃん氏 ビジネス哲学回顧録より
http://maxime-accounting.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/post-1e2f.html

 とあります。仮にカンソン氏のご両親が彼を20才のときに、彼を生んだとして逆算すると、ご両親の生まれは昭和13年(1938年)となります。国家総動員法が施行された年ですが、国民徴用令はその翌年です。また、この仮説においてご母堂の来日を計算すると「戦後」になります。

 プライベートを語らないことも生き様ですが、出版元である「岩波書店」にあった先の著作の見出しをみると、そのプライベートを軸にした人生論と、日本の政策批判と反原発で植民地支配ってやっぱりここでも「同じ価値観」を発見します。

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