月刊Hanada 2016年10月号「日本はどう生きるか」

 次期韓国大統領と噂される国連事務総長 潘基文。

 国連のトップともなれば、公用語を巧みに操り、国連精神に従いフェアな活動・・・が、まったくできていないと指摘するのが産経新聞ワシントン駐在客員特派員 古森義久氏。

 カリスマ性、指導性がゼロであり、かつ日本叩きには余念がない御仁が、次の韓国大統領。これを前提にすれば、再開に向けて協議が進む「スワップ協定」など結ぶべきではないはず。

 ここにきて安倍政権は、お花畑的リベラルへの傾斜が強まっており大変心配しております。

 その筆頭とも言える、自民党幹事長 二階俊博氏の緊急寄稿。実にオールドファッションな自民党政治家です。そもそも自民党はリベラルな政党です。

 中一で英語を自主退学した門外漢の私でも、危機感を抱くのはAJCN代表 山岡鉄秀氏の『外務省の背信』。

 昨年末の日韓合意において、岸田外務大臣が発した言葉の英訳が、英語圏の文化において「全面謝罪」になっていたというのです。また、欧米の文化において重要な指摘もあり引用します。

“欧米人は些細なことにはすぐ謝るが、重大な過失に関しては意固地なほどに謝らない。謝ることは責任を認めることであり、あらゆる懲罰を受け入れることになりかねないから、追い詰められるまで避けるのである”

 ひるがえり岸田・外務省は慰安婦についての「責任」を認めています。国際世論が中韓に耳をかたむける理由の一端を見つけます。

 昔懐かしい「ぼやき漫談」のようで面白かったのが木村英哉氏の『民進党が回答すべき10の理由』。冒頭から『理由1 国民の支持がない』と身も蓋もない。そして理由の結びはすべて。

“民進党よ直ちに解散せよ”

 理由4あたりから、この「決めぜりふ」をワクワクしながら待つようになります。

 久々に古谷経衡氏が『Hanada』に登場。『WiLL』の執筆陣の一人ながら、こちらでは『シン・ゴジラ』について。この「シン」を「新」か「神」かと実にオタクらしい切り口に「娯楽だろ」という突っ込みは野暮なのでしょう。

 この手の娯楽作品を深読みする趣味がないので、論考への批判は控えますが、書き出しは“俺たちの庵野秀明がやってくれた”で、結びへの書き出しが“私たちは、「3.11」でありったけの絶望を経験した”と記す構造に、SEALDsを賛美するパヨクな古谷経衡を見つけます。

 俺たちって誰だよ。っという話し。

 彼やパヨクは自分の価値観に通じるもののみを社会と規定します。それが“俺たちの”であり、東日本大震災は悲劇ではありましたが、「私たち」と彼の脳内認識を全体に当てはめ、センチメンタルに嘆く姿です。彼の論理構造に、保守も右翼も見つからず、あるとすればパヨクと映し鏡のネトウヨだけです。

 数は少ないながらも悲劇のなかに希望を見つけ出すのが日本人であり、「ありったけの絶望」とは「すれ違いの純情」なみの軽さしか感じません。

 古市憲寿ほどのバカとは思いませんが「イラっ」とさせるなにかを持っている古谷経衡氏を再確認します。

 千葉工業大学未来ロボット技術研究センター所長 古田貴之氏の『ロボット技術で未来は明るい』は表題だけ見れば、浅薄なテクノユートピア論に思えますが、主要テーマは「AI」で、昨今、席巻する楽観論と悲観論の両方を否定します。

 AIとはパラメーターであると喝破。そして大胆に翻案すれば、

「人間らしいAIをつくるインセンティブがない」

 もっと皮肉を込めるなら、人間のような不完全で突発性を含む機会などいらず、AIは人間がもつ「うっかり」をフォローするためのパラメーターを与えられるということです。

 もちろん、人類への悪意をパラメーターに仕込めば、その限りではありませんが、世間話としてならともかく、技術史の未来予想図としてコレを騙るのは

「安倍晋三は戦争をする」

 と騒ぐパヨクに堕してしまいますが、実に多いので必読です。

■今月のHanada 2016年10月号「日本はどう生きるか」
http://www.as-mode.com/check.cgi?Code=B01H2AJ010

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