子供を迷惑と思う理由は親にある

 保育園落ちた、日本死ね。

 なる下品なオバハン(推定)はともかく、杉並区では近隣住民の反対で、保育園の新設ができないと話題になりました。

 同様の事例は都市部で頻発し、議論の対象となるのが

「保育園は迷惑施設か」

 というもの。端的にいえばそのとおり。

 子供が、というより、利益該当者以外にとって、すべての施設がその性格を持ち、犬嫌いの人間の隣家が犬を飼えば迷惑と思うでしょうし、閑静な住宅街を選んで購入した先に、アメリカンバイクのカスタムショップが建設されれば迷惑以外の何者でもありません。

 バイク乗りの99%(個人的推測、いわゆる妄想)は空ぶかしを格好が良い、あるいは必要悪と思っている節があり、バイクに乗らないというより、静かな生活を求めるものにとってはゴキブリ級の迷惑という想像力が働きはしません(※個人差があります)。

 その人の主観と利益により変わるものだということです。
 ただし、ノイズの発生源が、問題を深刻にしている事例は多く、子供の「迷惑」はこれにあたります。

 まず、「違法駐車」。

 とりわけ保育園の周辺は、登下校の時間の路上駐車が近隣住民を困らせます。近所の保育園は、その時間、通りの端から端までパイロンを置いて、路駐を牽制しますが、そこから外れたところに止めるのはまだしも、堂々と道の真ん中に止めて他のクルマの往来を妨害する「親」は有り余るほどいます。

 対する幼稚園は、園側が駐車場を用意したり、送迎バスを走らせたりと対策し、なにより「私学」なので、ルールに対する締め付けは若干厳しいといえるでしょう。

 「騒音」についてもさもありなん。

 我が家のすぐそばを「毛長川」が流れ、そこには細いながらも遊歩道があり、時折、課外活動の小学生が集団でわらわら。うるさいったらありゃしない。

 川向こうの埼玉県側には幼稚園児がぞろぞろ。川幅が狭く、埼玉県の騒音が東京都民を攻撃します。子供が集まれば騒音が生まれる。これは事実です。

 ただし、どちらも教師や保育士の「静かにしなさいっ!」という怒声の方がうるさく、大変だなぁと同情し、つまりは「迷惑を掛けていることに自覚的」であるという態度が罪一等を減します。

 同じく騒音。目の前は道幅の広い私道。

 ここで近所の幼児どもが暴走します。嬌声と歓声。しばらくもせず鳴き声。もっともうるさいのは、プラスチック製のタイヤをつけた乗り物の遊具で、これで暴走された日には、プラスチックとアスファルトの接触音がこだまして、昼寝していても目が醒めるほどです。

 概ね親や親族は無自覚。

 子供のすることだから。その通り。でも我が家の子供ではありません。しらねーよ。といいたいところですが、子供でいる時間は短く、たった数年のことだからと、文字通り「我慢」しています。

 そしてここに「子供迷惑問題」の一方の主役というか、本質的な「問題」があることに気がついたでしょうか。

 はい、「親」です。

 私道とはいえ、共有スペースで公共性がありますが、だからと子供が野放しに騒音をまき散らせて良い、という道理はありません。ならば、せめて親がいるとき、「非子供世帯」の住民に会ったならば、

「いつもうるさくしてすいません」

 と頭のひとつも下げることが、問題化を防ぐ処方箋です。ちなみにご近所で、これができている家庭もありますが、できていない家庭が過半数を占めます。

 子供のすることであっても「騒音」が鳴り響いている事実がある以上、先制攻撃で頭を下げることこそ、子を守るための専守防衛。

 こうした生活の知恵が失われたことが、保育園を迷惑施設へと追いやっている一因です。

 我が家の目の前が私道だとは既に述べました。

 公道から見た奥が宅地分譲され、新しい住民が住み始めます。我が家は私道が接続する公道から数えて2件目で、奥は事実上の行き止まりですから、ほぼすべての住民は私が所有権を持つ私道を通行していきます。

 6軒の分譲地で、現時点で5軒、入居したようですが、その1軒からたりとも引越の「挨拶」がありません。

 ざっとみたところ、2〜3軒は「子持ち」で、きっと近未来に迷惑を掛けることでしょう。しかし、挨拶はなし。念のため述べておきますが引っ越し蕎麦をせびっている訳ではありません。

 挨拶にこないぐらいですから、こちらのことなど知りません。

 だから、私が所有権を持つ私道(しつこいですね)を、ママチャリで通過する母子がいて、どうやら奥の新しい住民だろうと、こちらから会釈をするも「スルー」。

 つんと鼻をあげた高飛車な態度。新しい環境に緊張している人のなかには、こう見えてしまう人は多く、一方で先住民のすべてが寛容に理解を示すと期待するのは甘えです。

 あくまで、東京の片田舎の、わずかな事例に過ぎません。しかし、幼児を抱える若夫婦のその親が、近所に挨拶をしろとアドバイスしていないということで、それは三世代に突入していることを意味するのでしょう。

 なぜなら、引越前後に、その親の親らしき人物を見かけるからです。子供が家を買ったら、そこに孫でもいた日には、呼ばれなくても押しかけるのが親心でしょう。

 そしてその状況下において「挨拶した?」と確認していないということです。

 我が家にコウノトリはやってきませんでしたが、私は無類の子供好き。もちろんセクシャルな意味ではなく、甥も姪も、彼らが嫌がるまで遊んであげましたし、トモダチの子供でも、見知らぬ他人の子供でも時に遊んであげたものです(今はお巡りさんを呼ばれるリスクから、極力子供に近づかないようにしています)。

 そんな私でも、うるさいものうるさい。子供のすることだからと割り切ってはいますが、そうでない人がいるという想像は容易です。

 すると「子供は迷惑」「保育園は迷惑」と思う周囲が増えてしまうことも、やむを得ないと理解した夏の終わりです。

 ちなみに我が家は私道に接するすべてお宅と、表裏のすべてに接し、かつ目に入るお宅の全てに、妻が探してきた「格安洗剤」をもって挨拶に回りました。

 地元で商売しているので、どこで接点ができるか分からないという打算の果てに。

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