テレビが「イスラム国」を攻撃できない理由

 ISIL(イスラム国)を巡る報道が迷子になっています。まず、呼称が「国」で「テロリスト」で迷子。発言している内に、国と錯覚しているキャスターやコメンテーターを散見します。

 最大の理由は、テレビを中心としたメディアは左翼からリベラルだらけだからです。

 中東問題に詳しい人の解説を聞いても理解できないのはそれが理由。また、中東問題に詳しい専門家は、いつもの特定の方向へと結論づける「テレビ芸」に従わないからです。

 例えば安倍首相の中東歴訪や、人道的支援への批判を目論んでいるキャスターやコメンテーター、ディレクターに放送局も多く、その結論に導こうとするのですが、細部で苦言を呈することはあっても、総論ではコメンテーターの意見を真っ向から否定します。

 当然の話です。テレビ出演で禄を食む、電波芸人と違い、本物の専門家、とくに「パワーバランス」を踏まえなければ理解できない中東情勢において、お花畑的平和論を口にした日には、誰からの信用も得られなくなるからです。

 門外漢ながら、アラブでは仲介者がいなければ交渉が始まらないと言われ、部族社会だということは知られています。そして今回の報道から、現地入りの経験があるジャーナリストらも、ガイドの存在と人脈の大切さを繰り返します。

 すると、仮にテレビに求められたからと、トンチキな見識を披露してしまえば、今後、誰からも情報が入らなくなるとは、容易に想像でき、日本的に言えばアラブ関係者からの壮大な「村八分」にあうということです。

 だから、ある種に色づけ、朝日新聞的には「角度」をつけての報道ができずにテレビは困っています。

 その角度の代表例が「軍隊アレルギー」です。憲法9条堅持と呼び変えても良く、お花畑的平和論としてもよいでしょう。

 ISILが台頭した理由を、歴史に求めれば2000年以上遡ることになるで、ここでは割愛しますが、直近で直接的な理由を取り上げるなら「イラク」と「米国」が鍵となります。

 ざっくりといえば米国はフセイン抹殺を目論見、それに成功しました。戦後復興のモデルとしたのは日本です。

 戦前の秩序を破壊し、米国式の統治を教育します。ただし、これが成功したのは日本だけで、日本人の異常さというか、宗教観と優秀さによるもので、米国モデルが優秀なのではありません。逆恨み的に見れば、米国の外交失政は日本の責任と言えなくもありません。

 とにもかくにも、フセイン政権の旧体制を公職追放よろしく、追い出して新しい政権を作り軍隊も作りました。

 オバマが「イラクからの撤退」を掲げ登場し、厭戦気分の強い米国はもちろん、日本でも賛美する声が巻き起こりました。

 このイラクの軍隊が、笑えないほど弱く、放送大学の高橋和夫教授によれば、100人分の兵士を雇っていることにして、給料を猫ばばするような司令官が多く、いざISILが攻めてきたとき、その司令官から逃げ出したので、米国製のピカピカの兵器だけが取り残され、テロリストに言葉の通り「泥棒に追銭」を与えた状態になったといいます。

 歴史におけるイフは無駄な思考に過ぎないとはいえ、イラクから米国が撤退しなければ・・・とは、口が裂けても言えないのが左翼でリベラル(どちらも日本型)です。

 対日本占領政策が成功し、いまだに従順なポチとして、またかつては中ソという共産主義の防波堤として、いまは中国に対するショックアブソーバとして機能しているのは、日本人の特殊性によるところが強いのですが、軍事力という視点に立てば、その成功の理由は明らかです。

「在日米軍」

 があったからです。左派が何を言おうが揺るぎのない事実であることは、イラクとISILが証明しました。弱い軍隊は強い暴力に負けるのです。

 話し合いが通じない相手がいることは、ISILはもちろん、尖閣を巡る中国や、竹島や産経新聞前ソウル支局長の南京を続ける韓国に、いまだ拉致被害者を帰さない北朝鮮がすでに証明していることです。

 こうした中東の事実を、素直に受け止めたといき、左翼やリベラルが執拗に反対し、異議を唱え続ける

「沖縄基地問題」

 と向き合わなければならなくなります。もちろん、横田他の米軍基地も「思いやり予算」もです。

 私も現状が永遠に続くことを良しとはしませんが、しかし、ゼロにできない事情は、ISILをみれば明らかで、かつてフィリピンが米軍を追い出して中国に蹂躙されたことを知っていれば、お花畑の住民で居続けることは困難です。

 しかし、左翼やリベラルは、どこかで「中東は中東、日本は日本」と捉える甘さを捨てきれません。現状認識の甘さというか「無さ」かもしれません。

 彼ら左翼が、反省できない思考回路を持つのは、教義が原理主義的で排他的で、みずからの無謬性を絶対とするからです。だから、一度口にした主張を撤回できずに時代に取り残されます。

 だからISILを語るとき、武力に必要性を確認せず、日本国内でのテロの可能性を軽く見ます。

 その一方で、北朝鮮による邦人拉致という、テロをずっと受けていることに口を閉ざします。だから迷走します。そしてテレビを始めとする既存メディアは信用を失い、左翼とリベラルの活躍の場が減り続け、彼らはそれを「閉塞した世の中」と表現します。

 迷子の発言を真剣に聞いてくれるのは、デパートの案内係と交番のお巡りさんぐらいです。

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