だから左翼は嫌われる。敵に気づいた日本国民

 だから左翼は嫌われます。リベラルも同じ。日本において両者の違いはさほど無く、日本共産党と日本教職員組合ぐらいの色合いの違いしかありません。あ、同じか。

 政治色を前面にだしているのが左翼で、民間人を装い、敵を攻撃する便衣兵のように、政治色を裏地に隠して活動するのがリベラルです。

 シリアにおける湯川遙菜氏、後藤健二氏の拘束事件における、彼らの「活躍」をみての結論です。

 ただし、日本の民主主義は進駐軍により植え付けられたという、半ば正しい自虐があるように、自由主義者を意味する「リベラル」もまた与えられたファッション、いわば「お仕着せ」です。だから着替える人間が増え、リベラルや左翼を攻撃することで、「脱リベラル」を目指す「元リベラル」も登場してきています。

 残念ながら、そんな彼らは人気者。
 これぞ「マスコミでは言えないこと」。

 タレントの有吉弘行さんは

「ブレイクするとは、バカに見つかること」

 と喝破します。

 バカを換言すれば「大衆」で、大衆は決して利口ではないことは歴史がすでに証明しています。そんな人たちが理解できるレベルの発言をし、支持されるふるまいをします。だから人気者になれるのです。どれだけ正しい主張をしても、大衆に伝わらなければ人気を集めることはできず、自由経済の言論界では、不人気ものの発言を取り上げても商売にはならないので無視されます。

 いまは、ネットがある。そのとおり。しかし、そのネットの分母は大衆なのですから以下同文です。

 それが民主主義の正体です。

 前回の選挙で低投票率を理由に、政権の正当性を問う声もありますが、低投票率を放置する国会議員を選んでいるのは、その大衆です。

 戦前の日本を「軍部の暴走」で片付けるのは思考停止。前段階では選挙が行われていたのは、枢軸国仲間も同じくですし、なにより民主主義の構造がそうなっています。

 国民の知的レベルを測る指標があったとして、平均点より高い人が「正しい選択」、反対が「間違った選択」で、全員が投票したとき、問題となってくるのは「平均点」です。

 ヒトコブラクダの背中のような正規分布になっていたとしていても、頂点が100点満点中50点より下にあたっとき、「間違った選択」が多数決されるからです。

 実際には正規分布にならないと指摘するのは「プロ家庭教師」を名乗る神谷英邦氏です。彼のブログによれば、下位や上位に突出した群が現れるそうで、『ヤバい統計学』によれば白人と黒人の成績を、集団で比較すると、黒人の分が悪いのですが、両者の上位集団の比較なら大差はなく、つまり下位グループが平均点を押し下げているということです。

■神谷英邦ブログ 偏差値プラス20へ
http://kofuan.com/?p=5
■ヤバい統計学
http://www.as-mode.com/check.cgi?Code=4484111020

 政治についても同じことがいえます。原子力を筆頭としたエネルギー政策から、隣町のゴミ回収時間の方が遅いのはズルイといった、街角レベルの懸案まで幅広く、外交関係まで含めれば、満点の半分を獲得できる大衆など皆無に等しいでしょう。

 政治の素人が政治のプロを選択するのが民主主義なのです。
 正しい選択がでればラッキー、とは過言ではありません。

 皮肉屋のチャーチルが言ったとされるように、民主主義とは最悪の政治形態なのです。ただし、それまでよりは幾分マシという注釈付きで。

 だからこそ、政権批判、政治家批判、政治屋非難をやめてはなりません。

 空気で投げられた経験を持つ元政治家で、たぶんこの先も元政治家のままであろう女性が、ある脱原発活動家の発言をリツイートしていました。

 脱原発にありがちな理屈に微苦笑します。故 赤尾敏を挙げるまでもなく、右側の主張に沿わない政府に街宣車が登場することを、この人は知らないか、目をつぶっているか、あえて触れないことで、議論を誘導する朝日新聞的手法です。極一部の、おもに「ネトウヨ」の発言を日本全体にすり替える狡さが露見しています。

 発言の後半はそのとおり。

 私は中立と自称し、消極的自民党支持を明確に打ち出していますが、それでも批判すべきは批判していますし、保守でも右翼でも政権批判はいくらでもしています。

 日本の左翼(以下、リベラルも同じ)がここにきて、あきらかに嫌われているのは、この様に繰り返す彼らの珍説が、明らかに日本の国益を損ねていることに、一般国民=大衆が気づき始めたからです。

 先の選挙において、共産党が躍進したのは、自公政権が圧勝したのと同じ理由で、組織票と受け皿不在で、これはさすがに民主党のせいとはいいません。それは過分すぎる期待というものです。私は「次世代の党」のネーミングを叱りつけたいところですが、余談ですので割愛しますが、大衆の選択とはこんな程度です。

 ツイッターのタイムラインを見ると、左翼勢力やそのシンパが、シリアの邦人拘束事件の解決に向けて、野党各党が政権批判を手控えることを批判しています。

 笑ってしまうのは、仮に批判するならその刃は、批判を控える各野党に向けるべきですが「安倍政権」へと向かうことです。筋違いも甚だしい。

 25日の夜には官邸前で、後藤健二さんの解放を求めるデモが行われました。「BLOGOS」に紹介された参加者によるシュプレヒコールは

「安倍首相は後藤さんを見殺しにするな!」「集団的自衛権反対!」「安倍首相は平和憲法を守れ!」「戦争反対!」

 朝日新聞にあった主催者の名前を「ググれ」ば、筋金入りの活動家で、便乗デモであることは明らかです。

 イスラム国の犯行声明にある「政府に働きかけろ」を実践しています。テロ集団の言いなりとなり、陰に日向に対応する安倍政権を糾弾する姿を、皆さんはどう思うでしょうか。

 26日の夜には「官邸前DISCO化計画」と銘打ち、

「平和を祈りながら踊りましょう」

 とのかけ声で、同じく官邸前の路上で「おどる」イベントが開催されましたが、鼻をつまむほどの「政治臭」が漂います。

 お仲間と言える東京新聞からコメントを拾うと

「政府に不都合な情報が秘密にされ戦争につながる」「情報は市民のものだ」

 からはじまり、

≪海渡(かいど)雄一弁護士は「イスラム国」によるとみられる日本人人質事件に触れ、「テロとの戦いという泥沼に落ち込むのを避けるためにも、政府が何をやっているのか秘密にされてはいけない」と強調。「秘密保護法廃止をめざす藤沢の会」の斎藤隆夫さん(78)=神奈川県藤沢市=は「集団的自衛権の行使が具体化してくる。地域でも秘密保護法の問題点を訴え続けたい」と話した。
http://goo.gl/bdb6qy

 海渡雄一氏とは、福島瑞穂氏の事実婚の相手で、いわゆる「従軍慰安婦」を世界に広めた主要人物。そのパートナーである福島瑞穂氏も「ダンス」に興じて、「こんなときに」と各方面から批判されています。社民党に票を投じるとはこういうことです。

 なにより「趣旨」と違っているのです。平和を求めるための躍るはどこかへ消え、特定秘密保護法を問題と定義した主張をしています。

 平和を求めるのに特定秘密保護法は役立つ、という政府の味方に一切耳をかたむけない姿勢は原理主義者に通じ、キレイな看板を掲げながら攻撃を仕掛けるのは、聖戦を叫び他人を圧殺するテロリストと同じです。

 一例に過ぎません。彼ら左翼は人の不幸も、国家の危難すら自らのチャンスとしか見ないのです。もちろん、先に紹介したツイートが指摘するように、海外の左翼は国家の危機にそのようなふるまいはしません。あくまで「国益」という軸があるからです。

 後に削除しましたが、日本共産党の池内さおり衆院議員(東京比例区復活当選・東京12区出馬)が

“『ゴンゴドウダン』」などと、壊れたテープレコーダーの様に繰り返し、国の内外で命を軽んじ続ける安倍政権。安倍政権の存続こそ、言語道断。本当に悲しく、やりきれない夜。眠れない」”

 とツイートしました。少なくとも後藤健二氏の命を軽んじているのはイスラム国と名乗るテロリスト集団で、安倍首相以下、寝る間を惜しみできうる限りの取り組みをしています。当然のことですが。

 あ、すいません。東京12区の有権者としてお詫びします。

 池内さおりのような人物を復活当選させてしまったことです。都営団地から貧困票、東京土建や民商がらみの自営業の票が流れたことと、創価学会への不満票が、青木愛氏と田母神俊雄氏へ分散したことが理由です。

 党首にあたる志位委員長が

「政府が全力を挙げて取り組んでいる最中だ。今あのような形で発信することは不適切だ」

 とありますが、日本共産党鳥取県委員会書記長の岩永尚之氏は、熱心に政府批判のツイートを見つけてはリツイートしています。

 これが日本共産党の本音なのでしょうか。そもそも、彼らの最終目標は「共産革命」であり、現体制の打破という共通項では「イスラム革命」と通じ、同時多発的に政府を攻撃したくなるのは本能なのかもしれません。

 発言と言えば、この人もすっかり、もうなんというか

「安倍さんが、イスラム国にとっては宣戦布告ともいえるような話をしたということですね」

 とは「生活の党と山本太郎となかまたち」の代表、小沢一郎氏。もはや党名だけで笑いがとれる希有な存在ですが、国家として承認していないテロ集団に「宣戦布告」とは・・・というツッコミも、党名の前に虚しく響きます。

 世界の左翼は、同じく右翼も含めて「国益」から外れることはありません。方法論の違いはあっても、国家のために活動しています。移民排斥を訴える極右政党が、EU各国で存在感を発揮していますが、彼らも国家のためと信じて疑うことはありません。

 ところが日本の左翼は違います。

 日本の左翼が嫌われる理由は彼らが国家解体、弱体化を目論んでいるからだと断言します。だから、油断と隙があれば活動し、TPOを無視して自説を拡散しデモを呼びかけます。TPOとは常識で、常識とは日本国における規範に過ぎず、国家転覆を謀るものにはとっては関係のないこと。

 イスラム国による邦人拘束においての、政権攻撃も同じです。正当な批判ではなく「政権攻撃」をしているのです。当世流の言葉で表すなら「反日」です。

 一番わかりやすい例が「慰安婦問題」です。

 慰安婦への賠償を求めるのは人道的な理由とすれば、その賠償額を可能な限り低く抑えるのが「国益」です。国家による賠償の原資は、我々の税金ですから当然のことです。

 うろ覚えの記憶ながら、ストリートでのパフォーマンスを披露した福島瑞穂氏らの、こうした銭金論も含めて、慰安婦への賠償をしないことを「恥ずかしい」という主張が耳に残ります。「世界的に見ても」なる基準も示していたような。田嶋陽子氏かもしれませんが「世界中の笑われものだよ」的な論もありますが、世界的には国益を損ねる外交姿勢こそ笑われるものです。

 歴史に向き合うといいますが、世界中の国々はそれぞれに都合の良い歴史を作りだしていることは、なにも中国における正史だけの話しではありません。米国が日本への原爆投下を「終戦を早くするため」と国民に説明しているようにです。

 つまり自国に都合の良い歴史を持つことは、世界の常識で、限度を超えれば他国から叱られもしますが、わざわざ損する歴史を作りだすなど、反政府組織のプロパガンダと同じです。

 あるいは元慰安婦を名乗る方々の生活が困窮しているのであれば、第一義的に責任を負うのは所属する国家であり韓国で、それを飛び越えて手をさしのべるのは内政干渉です。日本の左翼は伝統的に親北朝鮮で、南朝鮮に否定的だったとはいえ、国際社会に生きる日本国としてできないのは世界的な常識です。

 実際には慰安婦は日本人の方が多く、名乗り出ないとはいえ、左翼の人や福島瑞穂氏らが、こちらへの救済を、第一義として叫ばないのはなぜでしょうか。彼女らの主張が正しいのなら、同じ日本人の被害者のはずです。

 テクニカルな話になりますが、国内の「慰安婦」が被害を訴え補償を求め、国家がそれを認め賠償したのなら、当時は「日本人」だった韓国人の元慰安婦にも同じ対応をという論理は成り立つことでしょうに。

 どうしても個人的信条として慰安婦に償いを希望するなら、自腹を切れば良いことでしょう。私の心の痛みのために、国に金を出せとはワガママも過ぎます。

 韓日友好のための「慰安婦への賠償」という主張は既に成立しません。慰安婦が朝日新聞やその一派、先の福島瑞穂の旦那などにより拡散された結果、日韓双方の国民の嫌悪感は、歴史上最悪になったといって過言ではなく、この問題化が損ねた日韓双方の国益は計り知れません。すなわち「反日」の立場からすれば、活動の成果です。

 憲法9条の死守も同じ。一国平和主義などあり得ないことは、大衆でも気がついています。仮に憲法9条により、日本が戦争から守られていた、という幻想を飲み込んだとしても、北朝鮮には同胞が拉致されていたのです。

 なにより、憲法9条という「文章」で物理的な凶弾を防げないことは大衆でもわかることです。

 憲法改正を狙う安倍首相だから、集団的自衛権の行使を容認した安倍政権だから、後藤健二さんが拘束された、わけではありません。

 これについて2015年1月25日の「サンデーモーニング」でTBSの岸井成格氏が赤っ恥を晒していました。邦人が拘束された理由について、米国に追随する姿勢をみせたことが理由ではないかと指摘すると、中東問題の専門家、日本エネルギー経済研究所 研究員の吉岡明子氏は

「すでに2000年代に入った頃から、日本と米国が一体であることは知られている(発言要約)」

 とぴしゃり。岸井はよくぞニュースを語れるものです。バカに見つかることだけを考えてきた人にとって、国際問題は難しすぎるのかもしれません。

 油断と隙を見つけては政権攻撃を仕掛ける。

 今回のシリアの邦人拘束事件により、左派の主張が反日であることが一般国民に明らかとなりました。だから嫌われるのです。支持を失うのです。当然です。自分たちが暮らしている日本を破壊しようとしているのですから。

 いかに愚かな大衆であろうと、自分の敵はわかります。むしろ大衆ほど、本能的に敵をかぎ分けます。だから、左翼は嫌われるのです。そしてリベラル系の言論人の仕事が減るのです。当然です。

 最後になりましたが、後藤健二氏の帰国会見を心より期待するものです。

 しかし、「I am Kenji」はともかく、「I am Haruna」がないことに、仮にネット映像が事実であるのなら、より彼というか彼女というかへの追悼的な盛り上がりのなさに切なさを見つけます。

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