ビッグドナーショーの是非

余命幾ばくもない私の腎臓を望む方に提供します。
そしてその方を選ぶ様子はテレビ番組の中で。

これはオランダの番組「ビッグドナーショー」。

提供者は37才の女性。
脳腫瘍で助からないので自分の臓器を提供することで、23年
分の人生をプレゼントしたいと本人顔出しで出演しておりました。

応募者の中から「どうせなら若い人」などと、まず3人の臓器
移植希望者を選抜し、「アピールタイム」の末に一人を選びます。

選ぶのは提供者。

番組のファイナル、いよいよ提供する人の名前を女性が告げよう
と息を呑むなか司会者が「ちょっとまって」と遮ります。

「なんちゃって」。

実は提供者は女優さん。ピッカピカの健康体。
移植希望者は本物の患者さん。

番組後、司会者も希望者も記者会見を開き、ドナーが少ないこと
を実態を述べ、一人でも多くの人に臓器移植に関心を持って欲し
かったと訴えました。

この番組は事前に告知され物議を醸しました。
当然といえば当然です。

新聞記事で知った私もネタに取り上げようかと「ネタ帳」には記
しましたが「やらないでよかった」と。

オチは分かりませんでしたが、私はどちかといえば番組には好意
的で、更にいえば

「興味を持って貰うための活動としては一発芸としてありえる」

と締めくくろうかと思っていたので思うツボになるところでした。
あの女性占い師のように「ほら、いったとおりでしょ」とやる
品性は持っていませんし。

番組放送前から医療や倫理関係からクレームが殺到していましたし、
放送後の日本の医療関係者のコメントは否定的です。

こんなやり方でドナーが増えるのは違うといいます。
それより正攻法で地道に増やすのが良いと。

モチロン、その通り。

しかし、自分の命が、愛するもの命が失われようとしていても
同じ言葉がはけるでしょうか。

果たしてドナーが増えるためにどんな努力をして、それがどれだ
け実を結んでいるのでしょうか。

医療に聖域はあります。算術にまみれているとはいえ、命と対峙
する仕事として高度な倫理観は持つべきだと思います。

だからといって、「現実的な方策」を講じない理由にはなりません。

「ビッグドナーショー」はオランダの番組で、オランダの国のこと
ですが、

「ビッグドナーショーが成立する現実」

があるということです。

今年あのチャリティー番組で疑惑を指摘されるマラソンを走るこ
ととなった萩本欽一さんが

「愛のない100万円より愛のある1円」

という名文句をいいましたが、食える食えないレベル、生死のか
かった世界から見ると戯れ言です。

命がけの人達からすれば啓蒙活動で金儲けをする奴がでてきたと
しても、それでも「生き残るチャンス」が増えることを期待してい
るのです。

番組も「提供希望者」がいてという設定で、何処かの国のように

「死刑囚の臓器提供」

とはワケが違いますから。

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