AKB商法の神髄

股がゆるいアイドルグループ・・・コホン、もとい、脇が甘いアイドルグループ「AKB48」のメンバー峯岸みなみさんの坊主姿が世界中に衝撃を与えました。

日頃、パチンコ店でお世話になっている私としては、厳しい言葉を躊躇するのですが、あの坊主頭におぞましさを感じます。

本日発売の週刊文春では同じくメンバーの柏木由紀さんがJリーガーと合コンしたと報じられました。かつて主要メンバーとはいかないまでも派生グループで活動していたメンバーのなかには、合コン発覚だけで事実上のクビになった女の子もいます。

恋愛禁止という設定の中ではもちろん恋愛は禁止です。ただし、これもかなり曖昧な規定で、見逃された人からクビまでバリエーションは様々です。

興行の世界ですから法律で裁くものではなく、売れているメンバーとそうでないものではさじ加減が違うのはビジネスとしては当然の話です。

かつてこれを厳格に守らせたモーニング娘。は人気メンバーが次々と「中退(卒業ではなくね)」したことで、凋落したことも大人の事情を色濃くする理由でしょう。

AKB48を語る声でよく耳にするのが「ガチ(ガチンコ=真剣勝負、不正がない)」というキーワード。

しかし、そもそもが興行であり芸能で、ベースはフィクションです。演者は真剣であっても、真剣にフィクションに取り組んでいるのであり、その証左は、大集団で踊り跳ねても歌声のバラツキがおこらないところからも明らかです。最近は本番同様の環境で「録音」してライブ感をだす方法も採用しているように見えますが、ビヨンセもやったぐらいスタンダードなことでありこれを批判はしません。ただ、それをもって「熱唱」とする報道にはイラッとさせられますが。

選挙はガチ・・・でないなら、そもそも法に触れる可能性がうまれます。景品表示法かあるいは詐欺です。投票権というCDを売るために消費者を意図的に誤認させているわけですから。

そして劇場での講演や握手会もガチだという声を鼻で笑います。急逝した市川團十郎をあげるまでもなく、芸能の一線で戦うものはみな芸事に関してはガチだからです。

するとそもそもガチという設定自体が虚構というか、舞台設定にすぎない、のであれば恋愛禁止なども書き割りの背景に過ぎません。

だから、まぁ恋愛してもいいんじゃないのかと。ただし、そこはフィクションとして事実関係にはシラを切り通しながらも、なんらかの罰則を与えて、その上で這い上がるストーリーというフィクションでファンの時間とお金を集めるのも彼らのビジネスモデルでもあります。

そのために二十歳の乙女(ではないとしても)を坊主頭にして、それもわざとらしく後れ毛を残してみたりとする演出には腹立たしいものを感じ、それを受け入れる峯岸みなみさんと、そうさせてしまう集団性におぞましさを感じるのです。

テレビコメンテーター風に飛躍すれば、体罰問題にも通底します。その集団に属していることで、体罰への抵抗が薄れ、それが暴力に変質しても気がつかずにエスカレートする点が重なります。

峯岸みなみさんは自発的に坊主になったと強弁します。

しかし、YouTubeでわざわざ世界配信された映像は、どうみてもスタジオで撮影されており、彼女が編集をしていないのなら、録画ボタンを押す人がカメラのこちら側にいたことは明らかです。あくまで

「独白風」

であって、ライティングをみてもプロの介在はあきらかで、狭い部屋で普通に撮影すると声が反響するものですが、収録された音声は見事に調整されていました。

さらに長髪を坊主にするのは大変です。あの刈り後からバリカンかと思われますが、バリカンはひげそりと同じで、短髪を刈り込むために設計されており、長髪を相手にすると、伸びきった雑草のなかを芝刈り機で進んだときとおなじく刃が草や枝を噛んでしまいます。

ましてや永年長髪だった頭皮は弱く、刃が髪を噛んだことで引っ張られた頭皮が、内出血をすることもあるでしょう。ところが頭皮は綺麗でした。

あくまで「個人的な思い」として配信されましたが、その日はAKB48として撮影スタジオにはいっており、断髪式はそのメイクルームで行ったとのことで、そばにいたスタッフは止めたようですが、とは、劇場の支配人として表の顔を務める戸賀崎智信さんのブログにありましたが、大切な「商品」の暴走を止められない訳がありません。

ブログをそのまま引用します。

<メイク室から出てきた時は、すでに坊主頭だったと聞いています。
そばにいたスタッフは止めたようですが、馬鹿だと思われるかもしれないけど、今、自分にできる反省を形にしたいと取り乱すことなくハサミを前髪に入れたと聞いています。>

・・・スキャンダルが発覚してどうなるか分からない状況。実際に週刊誌は発売される数日前に事務所に事前通告するもので、ならば事務所としても日頃は野放しにしていたとしても、マネージャーのひとりやふたりはつけるものです。そして彼女が口にした反省が本当であるなら、周囲で見ていられないほど思い詰めていたことでしょう。

そんな女の子が「ハサミ」を手にした瞬間に別の悲劇に思いを馳せ、凶器となりそうなものを遠ざけることこそ「ガチ」ではないでしょうか。いや、真っ当な人間の感覚であり、その人をわずかにでも思う心があるのであれば、刃物を持たせられる状況ではありえません。

・・・と、このガチ論に乗せられることが、AKB商法の核心です。ガチという舞台装置を絶対視させることで、そこへの疑いを持たせない洗脳商法のひとつといってもよいでしょう。もともとアイドルは幻想を売る商売ですが、そこに洗脳というアプローチを持ち込んだところが革新的であり、坊主頭にまでさせてしまう洗脳こそ「おぞましさ」の正体です。

ガチ論。にのらなければ、ただのフレンチカンカン。太ももあらわにパンツが見えるか見えないかをというエロ心を刺激する群舞に過ぎません。名前は失念しましたが、ある駆け出しのアイドルでAKB48のファンと名乗る女の子がこう評していました。

「全部やる」

歌も、踊りも、トークも、バラエティも、グラビアもやるという意味です。

特にグラビアは「エロ」です。グラビアアイドルなみにワンサイズ小さい水着を着せ、尻の肉や旨が寄せてあげられるのは当然として、随所に目立つのが白などの単色水着で、その上に洋服をきせ、ちらりと見える「水着」は「下着」以外のなにものでもありません。

ジュニアアイドルといわれるロリコン商品で多用される手法で、その起源は確かではありませんが、小倉優子さんなどがグラビアでブレイクしたあたりから見かけるようになった

「エロテクニック」

です。水着ですよ、水着。なにを想像しているんですか、いやらしい・・・ニヤリ。という。語弊を怖れずに言えばエロ本の手法をメジャーに持ち込んだのがAKB48のグラビアです。それを

「表現」

と呼ぶのかも知れませんが。

そのフレンチカンカンが坊主頭はやり過ぎ、と考えます。まるでプロレスの試合で敗者がアンダーヘアを剃毛するようなもの。そこまでは見たくないと。

ガチ。という舞台設定を外せば大騒ぎすることではありません。抑制の効かない若い男女が避妊をせずに、将来を考えずに、さらには定職に就かずに子どもができても「授かり婚」と宣う時代に何を大騒ぎしている・・・理由は明快。

ガチ。という設定を外した瞬間にAKB48を礼賛し尽くしてきたすべてが崩壊するから。というかこれが最後の砦。合コンしようがSEXしようが、妊娠出産をしようが大した問題ではありません。

ガチ。という虚構がAKB商法の神髄です。

お嬢さん達に異を唱えるつもりはありませんが、彼女たちを取り巻くオッさん達が痛すぎて悲しすぎます。

最たる例は小林よしのり。もちろん、老いらくの恋を否定するほど野暮じゃありませんが、日本の伝統だとか大東亜戦争の肯定とか、さらには恐れ多くも天皇論にまで及んだ人が、年端のいかぬお嬢さんたちに入れ込んでいる姿を昭和の日本語では

「はしたない」

といったものですが、以前から自分だけは特別という位置に置きたがる発言が多かった人物で、このところの迷走ぐあいに、念のためウィキペディアで調べてみると

「衆院選では日本未来の党の支持者」

とあったところから、あぁ別世界の住人なんだと納得。基本的に洗脳に弱いんでしょうね。自分が一番賢いと思っている人って、自分が納得した瞬間に原理主義的に盲信する傾向が強く、それはオウム信者に高学歴者が多かったことと重なります。

あとは「若手論客」も30〜40代ならもう若くないのに、こいつらについてはいずれ暇なとき、取り上げますが、田原総一郎・・・はいいや、芸人さんなので。芸人さんにモラルを求めちゃ、野暮というものです。

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