トランプ現象は「原罪」を赦すネットから生まれた

トランプ現象は「原罪」を赦すネットから生まれた

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 昼頃には結論がでているかもしれないアメリカ大統領選挙。大方の予想では猛追する共和党候補ドナルド・トランプながら、民主党候補ヒラリー・クリントンが逃げきるとみられています。

 同盟国として、核の傘の軒先を借りる我が国としては、重大な関心事です。とりわけトランプが大統領になれば、在日米軍を撤退させるか、その費用のすべて日本に負担させるといったトンデモ発言を心配する声もあります。

 しかし、トランプに思想信条はなく、単なる大衆迎合主義者で、目先の聴衆を喜ばせることには長けており、それがビジネスで成功し、メディアの人気者になった理由ではありますが、その軽さから、万が一、大統領になったとしても、手のひらを返すことを躊躇しないだろうという見立もあります。

 なによりネタとして取りあげるなら、これが最後のチャンス・・・になると踏んでの、今回は「トランプ現象」を生み出した米国社会の背景の、ミヤワキ流の解読です。

 結論をのべれば「ネット社会」の浸透が、トランプを大統領候補に押し上げた、と見ています。また、欧州で続く極右政党の躍進にも、強い影響を与えていることでしょう。

 民主党の指名争いを制したヒラリー・クリントンと、同じく共和党のドナルド・トランプの一騎打ちとなってから、アメリカでは衆院選東京12区も真っ青の、選択肢のない罰ゲームの様相を呈する選挙戦となっています。

 ヒラリーについては、不適切な関係がお好きな旦那 ビル・クリントンの時代から野心が見え隠れし、政界進出後は順調にキャリアを重ね、オバマとの候補者レースに敗れたとは言え、国務長官に就任し、不正なメール利用・・・は、後に発覚するとはいえ、要するに政権側にいたわけで、日本の格差社会など目ではない「ハイパー格差社会」のアメリカの体制側で、どれだけきれい事を吐いたとしても、米国国民が不信感を拭えないのは当然です。

 日本に例えるなら、民主党という公党の代表でありながら国籍の取得時期が判然としない蓮舫氏が国益を語り、政権交代を訴えかけるぐらい説得力がないといえば近いでしょう。

 口の悪いアメリカ人はヒラリーを「嘘つき」と冠して呼びますが、自身の国籍について、説明が二転三転どころか、七転八倒しながらもシレッと他人を批判できるメンタリティも、どこか似ています。

 また、不正メールについても、自宅にメールサーバを設置していたというだけなら、セキュリティ的な心配から迂闊だっただけで、なぜこうも攻められるのかと疑問に思うかも知れませんが、出自は失念しましたがサーバの設置場所が、バスルームのクローゼットだったとかで、それが事実なら隠蔽目的は明らか。

 サーバとは要するにコンピュータで、コンピュータが水気を嫌い、さらに発熱するので、クローゼットのような熱が籠もる空間への設置は適切ではありません。もっともヒラリーぐらいになれば、完全な空調が用意されたクローゼットなのかもしれませんが、合理性への疑問符が消えることはありません。

 これも推測ながらも、「私的メール」を使っていた理由は、旦那のビルと二人での「商売」のため。有り体に言えば「利益誘導」のため、FBIなどに知られたくない私信のためだったという「噂」もあります。さらに、その旦那のビルが、騒動をもみ消すために、自身が大統領時代に任命した高官に働きかけたとも言われています。

 この手の陰謀論には尾ひれがつくものとはいえ、アメリカにおけるハイパー格差社会は、ロビイストなる金持ちの走狗により立法化され、合法的に生み出され、その代表格とみられているのもヒラリーの不人気の理由です。

 一方のトランプはといえば、品性のない暴言に、知見の見当たらない政策。こちらも不人気では負けておらず、最新の米国世論調査では、確かトランプの不支持率が58%、ヒラリーが53%だったでしょうか(うろ覚え)。

 なお、米国の「ハイパー格差社会」を生み出した政治背景については、宮脇睦先生の連載も掲載される「月刊正論」の『トランプを生んだ米国の衰退(伊藤貫)』が詳しいのでオススメです。
月刊正論2016年12月号
https://t.co/Jg2qTFEN3c

 とはいえ、罰ゲームとはいえ現実として捉えるなら、行政経験があるヒラリーの方が有利だろう、とは論理的な帰結で、私もそう思います。

 しかし、忘れがちですが、トランプは共和党の指名争いを制しているのです。「嘘つきヒラリー」の前に、伝統的共和党支持者からみれば、充分な選択肢であった・・・と、ここでウィキペディアで予備選挙の顔ぶれをみて頭を抱えてしまったのですが・・・とはいえ、「トランプよりはマシ」を基準にすれば、テッド・クルーズだってマルコ・ルビオだってそうです。

 つまり、トランプは一定数以上のアメリカ選挙民の心を掴んでいるという紛れもない事実があるのです。

 セレブ、金持ちという点において、ドナルド・トランプの代名詞は「不動産王」であり、法律を巧みに活用して、税逃れまでやってのけたハイパー格差社会の「勝ち組」です。金持ちだから嫌われる、のではなく、嫌われる金持ちがいるということで、ヒラリーとの対比における優劣はつかず、予備選を勝ち抜いた理由ももちろん見つかりません。

 そんな「トランプ現象」の正体を導くヒントを与えてくれたのが、先週発売の「週刊新潮(2016年11月10日号)」に掲載されたタレントとしても活躍する弁護士 山口真由氏による

《民主党の牙城「ハーバード大学」にも吹き荒れた「隠れトランプ」旋風》

 です。昨年夏から1年間、ハーバード大学のロースクールに留学していたようで、そこで見聞きした「生の声」を紹介します。

 「ハーバード大学」の権威のみを論拠とする断定が多く、全体的には鼻白む論考でしたが、白人同級生の生の声が、トランプ現象を解くカギとなりました。

 まず、本文を引用してハーバード大学を紹介しておきます。

《粗野で無教養、差別意識を隠そうともしない南部の白人男性たち。これがアメリカ人の抱く、トランプ支持者の典型的なイメージだろう。ハーバード大学のイメージは、その真逆を行く。》

 文脈からは「まさか」ではなく「まぎゃく」であろうが、数週間前に「厳しいと有名な校閲」と誇っていた新潮、大丈夫かと問いたくなる。あ、いま「正論」の執筆中で文体が濁りました。新潮のことを指摘している場合ではないですね。

 ともかく、人権意識が高くリベラルの牙城であるハーバード大学の白人にも、隠れトランプ支持が多いという報告です。

 新大統領が任命するであろう最高裁判事は、リベラル派(民主党)が予想され、多数派を握られることへの保守層の危惧や、副大統領候補マイク・ペンスがウルトラ右翼で、

《遅かれ早かれ彼(トランプ)は弾劾されて(ペンスが)大統領に昇格する》

 との期待が、トランプ支持の一因だと紹介。

 これだけはアメリカを二分するほどの支持を、トランプが獲得した理由としては弱い。

 山口氏はこうした白人有権者の目論見を「ハーバードの頭脳」と称揚してみせますが、策士策に溺れるの感が強く、一般国民はそこまでの深読みはしませんし、なによりウルトラ右翼は多数派になり得ません。

 私が注目したのは、ハーバードを卒業した白人男性の言葉。

《僕らは自分の意見を自由に表明することができない》

 山口氏の友人として紹介されるケヴィンは、かつて授業のなかで同性婚に反対と意見表明したところ、授業後にLGBT団体が乗り込んできて泣きながら抗議されたそうです。

《あなたは私たちが嫌いなのね。だから、差別するのね》

 ケヴィンはウンザリし、意見表明を諦めました。

 ハーバード大学といえば、現代のアメリカのインテリ層であることは疑いようがありませんが、すべての少数派を差別しないことを絶対善とする「ポリティカル・コレクトネス(直訳では‘政治的公正さ’)」が浸透したアメリカインテリ界隈を、山口氏はこう指弾します。

《白人男性であることはむしろ「原罪」なのだ》

 原罪とはキリスト教に顕著ながら、宗派により解釈が違うらしく、ここではあくまで一般論ながら、アダムとイブのはじまりから、人類が背負う原初的な罪のことで、赦しを請うために人は祈る、間違っていたらゴメンナサイですが、こんな感じでしょうか。

 宗教的定義ですから、そこに言論の自由も、思想信条の自由もなく、それを現実社会にそのまま当てはめることは、なんのことはない共産主義や独裁国家に通じる全体主義に過ぎないのですが、民主主義の盟主を誇ったアメリカはすでに消失しているのかも知れません。

 無論、権力者や構造、統治機構が、差別を是認し助長しているのなら改めなければなりませんが、嫌いなものをキライ、嫌なものをイヤということができないのは「逆差別」だとも、先のケヴィンは嘆きます。

 ここで思い出したのが、沖縄県の高江におけるヘリパッド移設に反対する活動家に、大阪府警の機動隊員が「土人」と発言した騒動です。

 以前、指摘したように公務員が公務中に、感情的に私見を披瀝することは、公務員の職務性質上、許されるものではありません。戸籍課の受付職員が「あんた、また離婚? こりないねー」と言ってはならないことと同じです。だから、機動隊員の発言は言語道断。

 ただ、一方で「土人」を「差別」に結びつけようという動きには首をかしげます。

 そもそも論でいえば「土人」は土着の人を意味する言葉で、今週の「週刊ポスト(2016年11月14日号)」において評論家の呉智英氏が指摘しているように、辞書にも「サザエさん」でも登場する言葉に過ぎず、NHKニュースでも《「土着の人を意味する土人と発言」と、ためらいがちに報じた》と紹介していたようです。

 だから、金田勝年法相の「差別認定」は拙速であるか、無知の露呈か、「触らぬ神に祟りなし」なのかでみれば、そのすべてなのでしょう。安倍政権の面々は、言葉の軽い人が多いので。

 幸いにも呉智英氏のご高見を活字にした小学館は、土人という言葉を正しく理解しているということで、日本はアメリカよりは言語空間の自由は守られているようです。

 ところが、本件を巡りとある媒体の関係者と先日「激論」となりました。守秘義務もあるので要点に絞りますが、

「土人はアウト」

 というもの。差別と受け取る人が、ひとりでもいる限り、それはアウト、という論理構成。この媒体で「土人」は使えないという見解です。

 ケヴィンにおけるLGBT団体のようなもので、つまりは「自主規制」による言葉狩り。内地に住む、つまりは沖縄県民以外の日本人は、差別意識があるという前提で接し、表現しなければならない、というのです。

 猛然と反論しましたが、決定は決定。いわゆる「大人の事情」という奴を持ち出されれば、それなりにオッさんの私は従うしかありません。文字通り「マスコミでは言えないこと」です。

 これが「トランプ現象」を解くヒントとなるのですから、人間万事塞翁が馬です。

 私が沖縄県に特別な好意を持っているのは、美しい砂浜に透き通る海といった自然だけではなく、出会った県民の魅力によります。

 当たり前のことですがあえて書きます。沖縄県民の魅力とは珍獣にであったとか、珍奇なしろものではなく、同じ日本の同胞としての沖縄県民ですが、だからといってそういう種族がいるという意味でもありません。

 大阪府で生まれ高知県で育ち、6才から足立区に住み続けて、そこで触れあった「足立区民」と「足立区」を愛するものと全く同じ感情と価値観からの好意です。

 しかし、媒体関係者はいいます。

「本土の人間は沖縄県に配慮しなければならない」

 そう「原罪」です。

 キリスト教徒でもない私にとっては理解に苦しむ発想ですが、徐々に言語空間が硬直していると感じるのは、右傾化を掲げるファシズムではなく、人権や差別を掲げる左派による言葉狩りによります。

 論旨が散漫となるので今回は掘り下げませんが、拡大解釈や婉曲された理解により、マスコミから追放された言葉は数知れません。

 アメリカではトランプが登場しました。差別の批判を厭わない暴言を連発します。かつてなら、文字通りの泡沫候補で終わったことでしょう。

 ところがいま、ネットがあります。そこでは匿名というマントを羽織り、文字通りの「ヘイト発言」までもがまかり通っています。

 フランスではTwitter上でのユダヤ人に対する人種差別発言が裁判に発展し、Twitter側に接続情報の開示が命じられましたが、アメリカは表現の自由をなにより尊ぶ、とお題目に掲げ、これを拒否します。

 従来のタブーを打破した公民権運動を支えたものが「表現の自由」であることが理由とされますが、文字通りの表現の自由が約束された匿名のネット空間に「白人だから」という「原罪」はありません。

《自由を知らない人は自由を求めない》

 人間の真理です。ネットにより原罪から解き放たれた世界があることを知った米国国民の前に現れたのがトランプ。

 だから差別主義者然としたトランプを、公然と支持することはできなくとも、匿名の世論調査では代弁者として「支持」を表明し溜飲を下げる。

 不寛容すぎる理不尽レベルの「ポリティカル・コレクトネス」とやらが、トランプという極論を生み出し、その培養地となったのが「ネット」と、という見立です。

 トランプの元では「原罪」から解放され、もちろん、黒人排斥やユダヤへの陰謀論など、心の底から信じているわけでも、実際の排除を望むことはなくとも、「好きじゃないんだよね」って言えるささやかな自由をトランプ陣営に見つけトキメク。

 追い込みで全米を駆け巡る両陣営が報じられ、閑散としたヒラリーの集会場所に対して、どこでも「熱狂」に包まれるトランプとの温度差も、これで説明できます。

 「選挙」という民主主義の皮を被ることで、その米国民主主義における最新トレンドは、すべての少数派を差別しないの度が過ぎて、わずかな批判すら、あるいは少数派の望む以外の意見を表明できない思想弾圧から逃れられる。

 あえて大袈裟に言うなら「僕が僕であるために」的な、自己実現の場が、トランプの集会所だということです。

 先の山口真由氏が留学中、黒人学生がロビーを占拠し、人種差別に抗議するビラを貼っても誰も文句をいわず、学校に対応を求めると

《「自分が矢面に立って“人種差別主義者”のレッテルを貼られたら、この国ではまともに就職できないよ」とあきらめ顔。》

 とのこと。

 これは北米の若者のネット利用と、その意識を調査し報告した、ダナ・ボイド著『つながりっぱなしの日常を生きる: ソーシャルメディアが若者にもたらしたもの』でも確認できます。

 同級生の批判であっても、相手が黒人やマイノリティであれば

「私は人種差別主義者ではないけど」

 と断りをいれなければ、好悪の感情すら表現できないと。

 だからその率直な感情を、「発散」できるトランプ陣営には熱狂が訪れ、今回の罰ゲーム、もとい「トランプ現象」を引き起こしたのではないかと。

 さらに重ねればこうです。

「寛容を求め生み出した不寛容が、潜在的な不寛容を生み出す」

 もっとも、こうした見立は「人種差別」と絡むので「マスコミでは言えないこと」なので、トランプ支持者ではありませんが「ネット」で発表しております(笑)。

 そして対岸の火事ではありません。先の媒体関係者のように当初は自主規制だったとしても、それが既成事実となり、既得権であると人権主義者が表現の自由を奪った先に「和製トランプ」が生まれないとは限りません。

 なにより日本のネット界隈における「ネトウヨ」や、過激なまでの「嫌韓」の表現はその走りです。

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