フジテレビが上場来、初の営業赤字に転落したという速報に、ネット民の反応は
「ざまああああああああああああああああああ 」
と手厳しい。
低視聴率が続く、フジテレビからはついに広告代理店まで逃げ出したとは、今週発売の「週刊ダイヤモンド」。低視聴率の理由については「ひとこと」で説明できます。
「笑っていいとも!の終了」
笑っていいとも!とは、月曜日から金曜日までのお昼どき、そして日曜日の午前10時から約2時間、ひたすら
「フジテレビの宣伝をする番組」
で、放送法に触れるレベルの番宣番組だったのです。
番組終盤は、凋落が叫ばれながらも、同時間帯の首位をとり続けた「伝説の番宣番組」、それが「いいとも」だったのです。
お昼休みの同時間帯において、最多の視聴者に自社の番組宣伝をしていたのですから、コンテンツがつまらなくなっていても、一定数の「誘客」ができていたのです。
いわば、視聴率を生み出す金の卵が「いいとも」。
それを終わらせたとは、延命装置を外したようなもの。
コンテンツのつまらなさは、昨日今日に始まったものではなく、それはテレビ業界全体に言えることですが、なにより、
「トレンドは俺たち」
というフジテレビ特有の選民意識にたっている限り、面白いコンテンツなど作れる訳がありません。
これ、重要なことは
「トレンドは俺たちが作る」
ではないこと。もはやクリエイターではなく、自らの存在をブランドだと、かつての栄光だけを拠り所に信じ込む、哀れなエリート集団がフジテレビ。
フジ・産経グループに顕著な縁故入社の多さも、エリート意識を強化しています。尚、縁故入社を証明するデータを持ち合わせていませんが、複数の関係者から聞いた話です。
それを証明するひとつが、フジテレビの左傾化。設立の経緯や、新聞社との関係性とは正反対の「左傾化」。そしてそれは時代が中道(保守ではない)に気がつき始める中、ベクトルは逆行。フジテレビの報道系番組の左傾化は著しく、うっかりすると出来損ないのテレビ朝日かと錯覚するほどです。
これも選民意識のなせる技。自分たちの存在こそがトレンドだから、自分たちの選んだもの、信じたもの、というより友だちはみな正しいので、時代が右傾化しているいまこそ、正しい道をと周囲を見ないのは「おバカ左翼ども。」の理屈で、そのままフジテレビの報道に当てはまります。
赤字転落を受け、次にネットの反応で目をひいたのがこちら。
「高岡 大勝利w」
俳優の高岡奏輔(旧 蒼佑)へのエール。一般的には今期好調の朝ドラである「あさが来た」で、主人公の姉として、ダブルヒロイン的ポジションの「はつ」を演じる宮崎あおいの元亭主のほうがピンとくるでしょうか。
人柄も来歴も毀誉褒貶の激しい人物ながら、韓流ドラマばかり流すフジテレビへの苦言ツイートで仕事を干されたとされ、最近では実写版の『食の軍師』で見かける限りでは、毒気も抜けてなかなかよい俳優の気もしますが、なにより「嫌韓流」を公知の事実に引き上げた功績はメディア史に刻まれることでしょう。
Twitterにおける発言の要旨は、フジテレビの韓流傾斜を異常とし、日本のタレントが冷遇されていることを嘆いたもの。当時の妻である宮崎あおいとの比較から、「ひがみ」という声も聞かれましたが、しかし、彼のツイート以降、韓流ゴリ押しへの疑念は、誰もが口にすることになります。
韓流のゴリ押しを陰謀論で片付けるのは、論理の飛躍で、商売上の都合に過ぎないと私は見ています。ただし、日本国の公共財である電波を使う商売において如何なものかとは、別件ながら重要な議論として残されます。
高岡発言はリアルに波及し、直後にお台場フジテレビ前で、韓流のゴリ押しに抗議する
「フジテレビ抗議デモ」
が行われます。2011年8月21日は、2回行われたデモの集計値として警察が発表した5300人を、朝日新聞が報じているとはウィキペディア。日経ビジネスでも8千人。
これが「おバカ左翼ども。」が礼賛するフォーマットに置き換えれば、
「主催者発表8万人」
とかになるのかもしれませんが、ともかくメディアに対するデモとしては、日本史上最大級といっても良い、視聴者の抗議活動ながら、テレビメディアでは一切報じられませんでした。みな、スネに傷を持つのでしょう。
そしてこれが、昨今のトレンドである
「報道しない自由」
の存在をネット民に知らしめました。ネット民とは特殊な民族ではありません。またすべてが引きこもりのニートでもありません。むしろそれは一部。
つまりは一般人で、文字通りの「クチコミ」を通じて、こうした事実は伝播されていき、ボディブローのようにメディアの信頼性を損ねています。
ネットがテレビを駆逐するというより、テレビの異常さが暴かれたことによる視聴者離れで、偽装が発覚した食品会社が消費者に相手にされなくなるぐらい当たり前のことです。
弱りに目に祟り目というか、フジテレビの不運は、この頃、援護射撃のつもりが背後から銃を乱射した著名人の存在です。
赤字発表に「見たくなければ見るな。その通りになったね」というネット民の辛らつな批評がありましたが、この発言の代表選手は「ナインティナイン」の岡村隆史。
自身のラジオ番組で、
「テレビなんて電気代しかかからない、タダで見られるもの。テレビを見たくなければ見なければいい。ただそれだけのことなのに、なぜそれをみんなに言う必要があるのか」
との発言で、これはTwitter上で「フジテレビはもうみない」といったように、わざわざ宣言することへの批判ですが、この当たりから彼のタレントとしての限界は来ていたのでしょうね。
一斉に圧倒的多数の国民に情報を伝達できるテレビという媒体は、「共感」に支えられていました。かつては翌日の職場や学校で楽しみや感動を「シェア」することで「共感」していたのです。
「ネット」という空間の登場で、テレビコンテンツはリアルタイムで「シェア」されるようになり、『天空の城ラピュタ』が地上波で放送される度に繰り返される「パルス」の騒動(Twitter上でオンエアと同時にツイートする。ただ、地デジはチューナーの能力差が激しく、最大で数秒単位のズレがでるのですが)はこの表れです。
わざわざ「みない」とつぶやくのは、自分はテレビのような旧態依然としたメディアを見ずともイケてるぜという相対評価でしか自分を語れない人物であるか、いまだ微かにでもテレビコンテンツ復権への期待の裏返しです。そしてどちらも、テレビに興味があります。興味が無ければ、わざわざ時間を割いてつぶやいたりしません。
岡村隆史が本心からこういったのであれば、彼のテレビタレントとしての限界なのでしょう。同い年として、東京進出してからはずっと応援していたものとしては残念な限りです。
なお、韓流のゴリ押しへの批判について、イヤならフジテレビを見なければ良い的な発言をしているのは、ウィキペディアによれば小林よしのり氏。この主張は先に述べたように、電波が公共財であるという視点が欠けています。
というよりも日韓ワールドカップのころから補助線を引かなければ、実像は見えてこないでしょう。
兎にも角にもフジテレビの凋落は笑えます。
冒頭に紹介した
「ざまああああああああああああああああああ 」
のような、フジテレビに習って韓流の諺で表現するなら
「水に落ちた犬を叩く」
という意味はなく、ドタバタコメディのようで笑えるという意味です。打つ手、打つ手が失敗しているからです。
この春に全体で36%、ゴールデンタイムに至っては42%も番組を入れ替えたものの、軒並み苦戦と言うより、戦いのステージに上がらせて貰えないレベルの低視聴率に喘ぎます。
一例を挙げれば『水曜音楽祭』は、往年のアイドル兼歌手である森高千里のミニスカートだけがウリの音楽番組が、その素材を活かさず、多彩なゲストを登場させはしてみても、移ろいやすい音程の歌手も散見し、「祭り」と開き直られればそれまでですが、それでは町内会の「カラオケ祭り」と同じです。
テコ入れとばかりに、「とんねるず」の木梨憲武を投下するも、音楽祭に期待する視聴者は、『みなさんのおかげです』を求めてはいません。
ニュース枠は全滅といって良いでしょう。
いや、失礼。改変とは関係ありませんが、お昼前のニュース番組『FNNスピーク』における斉藤舞子フジテレビ社員は、かつての「バカ女子アナ」の印象が見つからないほど、ちゃんとニュースを読んでおり、女子アナってこういう仕事だよね。と再確認させてくれるのは、テレビ東京の紺野あさ美のダンスを、毎朝見ているからかも知れません。あえて、いまフジテレビの番組を選択的に見ろと命じられたら、サザエさんではなく『FNNスピーク』を選びます。そんなシチュエーションありえませんが。
今週号の「週刊ダイヤモンド」が報じた、広告代理店の「大脱走」とは、日曜日の夜7〜10時の放送枠です。田村淳とローラをMCに、無駄にタレント集めた『クイズ30 団結せよ!』が壮絶にこけた枠とはいえ、もともと日曜日の8時台は、いささか遡りますが「ダウンタウンのごっつええ感じ」や「家族揃って歌合戦」と、バラエティで強みを発揮していました。
さらに夜9時台は『マルモのおきて』で数字を取っていますし、かつては『花王名人劇場』として、漫才ブームに火をつけ、あるいは芦屋雁之助による『裸の大将 放浪記』が人気を博していた枠です。あ、すいません。本稿は関東のタイムテーブルです。
日曜日は日テレ(日本テレビ)が強いとされ、それは「笑点」からはじまり、『鉄腕ダッシュ』『世界の果てまでイッテQ』『行列ができる法律相談所』『おしゃれイズム』まで、視聴者をつなぎ止めて話さないことが理由と語られます。
確かに「おなじチャンネル」という視聴習慣は強く、いまだにフジテレビが強いとされる、平日の午前中は、『めざましテレビ』『とくダネ!』『ノンストップ!』まで良い数字を確保しています。
しかし、日曜日は「笑点」から「鉄腕」の間に、フジテレビの『ちびまる子ちゃん』と『サザエさん』があります。
つまり、視聴習慣だけでは説明がつかず、やはり「コンテンツ」が弱いと見るべきでしょう。
まだまだありますが、イジメみたいになるので、最後に直近の一例を紹介してやめておきます。
視聴率が低迷しているから「改変」とするのは分かりますが、何が悪いかを直視しなければ、同じ轍を踏むのは当然のこと。
先のスポンサーが大脱走した枠は『日曜ファミリア』と名づけられ、週替わりで特番が放送されます。今週の日曜日(11月8日)に放送されていたのは『日本のダイモンダイ 』。
《さまざまな“モンダイ”について世論の本音が判明する、視聴者参加型バラエティー! 》
と銘打たれながらも、二択における「多数派」を「推理」する番組で、企画の時点で「囚人ジレンマ」が随所に登場することは予想され、「世論の本音」と題することはBPOに触れないのでしょうか。
この番組を喜んでいたのは「おバカ左翼ども。」だけ。安保法制を巡る二択で望みの結果がでたことをもって、画像のキャプチャーとともに拡散されていました。
しかし、ネットで話題になったのは放送終了後の翌日。
その低視聴率は嘲笑の対象。
夜7時台「鉄腕ダッシュ」23.35%(日テレ)
夜8時台「世界の果てまでイッテQ」22.3%(日テレ)
夜9時台「日曜劇場・下町ロケット」17.1%(TBS)
となり、同最下位は
夜7時台「7人制ラグビー」3.7%(TBS)
夜7〜9時台「日本のダイモンダイ」5.1%(フジテレビ)
7人制ラグビーは競技の認知度そのものハンデがありますが、「振り向けばテレ東」と言われていたテレ東は、
夜7時台「モヤモヤさまぁ〜ず2」5.9%
夜8〜10時台「日曜ビッグバラエティ」6.4%
と、フジテレビをあっさりと抜き去っています。
TBSは『下町ロケット』で日テレに一矢を報いているのですから、「同じチャンネル」という視聴習慣だけでは説明がつきません。
なお、『日本のダイモンダイ』には椎木里佳なるお嬢さんが登場しており「女子高生社長」と紹介されますが、その肩書きを利用したビジネス以外の実績が見当たらないのは、数年前の「ギャル社長」とよく似ています。
悪名は無名に優り、名を売り、その名で商売するのはタレントの常とするところで、商売人としても売名行為を否定はしませんが、普通の視聴者から見て「だれ、こいつ?」レベルの人物を、多用するのはフジテレビの悪弊で、深夜枠との見境がつかなくなっているのでしょう。これもフジテレビの劣化と「選民意識」の証拠です。
フジテレビの何が悪いのでしょうか。
むしろ、いまでも一定の数字を稼いでいる番組は、サザエさんを筆頭に、番組のカラーや放送時間を変えていません。
もっとも言われているのは、「日枝久天皇主犯説」。
詳細は割愛しますが、創業者一族による世襲を含めた経営支配から、日枝久氏一派による「クーデター」で経営の全権を掌握したのが1992年。この時、日枝氏は
「次の世代に引き継ぐことが私の使命」
と答えていますが、その使命を23年経過しても、いまだに完遂できずに凋落を招いているのですから、経営者としても、後継者を育てる能力も不十分だったということでしょう。
その日枝氏が天皇同然に君臨していることが諸悪の根源とする説です。
長期政権が続けばイエスマンが増えるのは、どこの社会でも同じくながら、しかし、視聴率がとれれば正義のテレビ業界において、数字のとれるコンテンツ作りができていない理由になりません。
なぜなら、企画の全てで、日枝会長の裁可を仰いでいる訳がないからです。万が一、企画の段階で、上意下達の動脈硬化が過ぎて、冒険的な企画が通らない会社になっていたとしても、撮影や編集の現場は自由裁量のはず。裁量の範囲で面白くできることでしょうし、時折、飛び出すヒット番組がある以上、日枝天皇説ですべてを説明することは困難です。
フジテレビの凋落理由を、番組作りで挙げれば
「有吉弘行の無駄遣い」
に代表されます。
他局ではサブを務め、ひな壇にも座る有吉弘行を、メインに使うことで、番組全体の格が下がってしまうのです。
昭和の映画俳優ではありませんが、タレントには「格」があり、他の番組で、その他大勢としてひな壇に座る芸人が、メインを務めて違和感がないのは深夜枠やBS、あるいは土曜日お昼に不定期で放送される、嘘ばかりの散歩番組『有吉弘行の正直さんぽ』まででしょう。
ところが、その土曜日のゴールデンタイムに、彼の看板番組を持たせます。昼食と夕食の一日2回も有吉弘行では、既視感というか飽きます。
タレントの資質というより、番組編成の失敗です。タレントの個性を殺す配役が目立つのです。
なお、先の散歩番組では、本来添え物である社員の生野陽子が、平日夕方の帯番組にレギュラー出演が決まってから、スケジュールの都合で、都内の近所しか散歩しなくなりスケールダウン。典型的な本末転倒。身内を向いて番組を作ると、視聴者が置いてけぼりにされる一例です。
フジテレビの問題点なら、いくらでも書き続けることができますが、これで最後にしておきますが、レギュラー放送の不定期化、日レギュラー化。これが最大の凋落理由でしょう。
番組内容には賛否が分かれますが『めちゃ×2イケてるッ!』。
永らく続く土曜8時のフジテレビのバラエティ番組ながら、9月の放送回数はわずか1回。今年だけで数えてみても、レギュラー番組ながら、毎週放送された月は皆無。
最多は土曜日が5回あった5月で4回。翌6月は2回。その次は3回で、夏休みのある8月は2回で、9月はたった1回となります。
「もう、終わったんじゃない?」
そんな会話が飛び出しても不思議ではありません。
なお9月の1回は、翌週の「抜き打ちテスト」のための、過去のテストの再放送。これで「見てください」といえる神経のほうがむしろスゴイ。選民意識のなせる技です。見てくださいではなく、見せてやっているというところでしょう。先に紹介した岡村隆史の発言に重なります。
テレビを真剣に見る視聴者は希です。ご飯を食べながら、一家団欒のBGMとして、行儀の悪さを脇に置けば「なんとなく」見ています。
そしてレギュラー放送の強みは、この「なんとなく」でも、番組の主旨を理解できるところにあります。また、生活のリズムは1週間を基本とし、「テレビっ子」の生活は番組にシンクロします。
ところが、毎週土曜日は訪れません。もとい『めちゃイケ』は月の半分も放送されません。代わって放送された特番に興味が無ければ、チャネルを変え『しむら動物園』で、柴犬を見た日には、翌週からの視聴習慣が書き換えられます。
他の曜日でも同じです。朝ドラは特殊にしても、安定的に高い視聴率を稼ぎ出しているのは、同じ時間、同じ曜日に、同じ長さで放送されている番組。ある意味「テレビらしさ」でもあります。
そして「いいともの打ち切り」。
究極であり伝説の「定時放送」でした。
フジテレビをV字回復させる切り札は
「いいともの再放送」
です。新番組ではなく、過去のVTRをそのまま流す。たぶん、それだけで『バイキング』より良い視聴率を叩き出すことでしょう。