携帯電話禁止のエセ科学

 携帯電話禁止について。

ある識者の暴論を発見。

「今や携帯電話は読み書きソロバンと同じ、
普及しているものを禁止するのはナンセンス」

要約ですが、読み書きソロバンとは全く別物です。
この識者は携帯の正しい使い方を指導する方が
よいという主張。ならば、10歩譲ってソロバンと
同列に語るならばこうなります。

「携帯の時間以外の使用禁止、また練習用携帯は
学校貸し出し」

目的は携帯電話の乱用を禁止することであり、
持つ持たないの議論ではありません。

そして疑問を一つ。

「携帯電話を持っていたから犯罪から逃れられた」

というもっともらしい主張がありますが本当でしょうか?

幾つかの報道は耳にします。
しかし、特に小学生に限定すれば彼らの遭遇する危機とは
変質者か通り魔、または交通事故でしょうか。と、するならば
その危機に遭遇した際に携帯電話がなんの機能を果たすでしょ
うか。

携帯捜査官「セブン」のように変形してロボットになるわけは
なく、携帯電話が変身ツールになる仮面ライダーでもありません。

ことが起こったとき、つまり「事後」の連絡ツールとしては
役立ちますし、公衆電話の減少も問題ですが、それは別の議論で
犯罪との因果関係はありません。

そして少し拡大して未成年の被害に拡大して報道を精査すれば

「おいおい、そこに近づくなよ」

というまるで大きく口を開けたワニに近づいておいて、携帯電話
で助けを呼んで助かったというケースもあります。

この「携帯電話防犯ツール説」って胡散臭いというか、
エセ科学にも通じるものがあり、ひいては親が居場所を特定でき
るという安心感から面倒を見なくてよいという逃避のための
エスケープにしている気がしてなりません。

また、塾の帰りが遅くなるので心配だというのももっともらしい
話しですがどうでしょう? ならば問います。

命と学歴(学力)、どちらが大切かと。

そうはいっても・・・という反論もあるでしょうが、議論を
最初に戻せば「小中学校への持ち込み禁止」に過ぎないことを
防犯や必須ツールだと別の議論を援用していることにおかし
いなぁと思いませんかという話し。
 

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