日本語が「ヤバイ」という危機(動画あり)

日本語が「ヤバイ」という危機(動画あり)


 近所のワンコが殺処分されたことをきっかけに、犬の躾についてちゃんと学んでみようと一念発起し、先日、ドッグトレーナーの資格をとりました。

 一版社団法人 日本ペット技能検定協会が認定する

「家庭犬トレーナー2級」

 というもので、ついでに「ペットロスケアアドバイザー」と「セラピードッグトレーナー」にも認定されました。

 DVDを見てテキストを学ぶ程度で取得できる資格ながら、肩書きに弱い日本人を相手にするとき、

「私ドッグトレーナーの資格をもっています」

 という語りかけは有効なのではないかという目論見です。冒頭に触れたように、近所の柴ワンコが殺処分され、その理由は「しつけ」を飼い主ができなかったから。

 たぶん、どんな手段を使っても、その元飼い主は手放したでしょうが、それでも殺処分の決断をする前に、相談して貰えるような立場になれれば・・・という目論見です。

 座学程度の資格ながら、我が家のワンコの「外面」をみて貰えば、さぞや優秀な家庭犬トレーナーと錯覚することでしょう。とりわけ先住犬の「さくら(黒柴♀7才)」は、近所では「よい子」として有名なワンコです。

 民間資格ということもあり、中学生程度の日本語力があれば、認定されるであろう資格ながら、やはり体系的に学ぶことで気づかされることは多々ありました。

 その最たるものがこちら。

「犬に日本語は通じない」

 たぶん、英語もフランス語もポルトガル語も通じません。

 犬はハンドサインや、声符やコマンドと呼ぶ「発声」による条件反射をしているに過ぎないからです。

 つまり論理的に従っているのではなく、ご主人様の発する命令により態度を変えているに過ぎないのです。

 一方で、ワンコにだって愛情と感情があります。これを飼い主が拡大解釈したとき、犬に勝手に「論理性」を見つけて、こんな態度をとってしまいます。

「こんなに言っているのに何でわからない」

 これで犬の説得はできません。また、

「いまはちょっと待って。後で」

 という指示を理解する論理性もありません。この場合は「待て」で待たせておいて、「後で」のタイミングで「よし」とゴーサインをだすのがベターです。

 躾けに失敗する飼い主は、これを混同します。これを学んで以来、ご近所で躾けに苦労している飼い主に、口を酸っぱくして繰り返すのが「犬に日本語は通じない」。愛情がワンコを擬人化させている飼い主には、かなり有効なようです。

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 さて、ワンコはともかく、昨今、日本語が通じない日本人が増えているようです。

動画版はこちら↓↓↓↓

 いわゆる「○○人は××」というヘイトではなく、国籍はともかく日本語を母語とし、ほぼ日本で生活をしていながら、日本語のリテラシーに劣る人々が増えていることを確認します。

 2017年11月28日の産経新聞の記事にこんなのがありました。

《中高生の読解力ピンチ 文法分からず中学生43%が誤答 国立情報学研究所調査
http://www.sankei.com/life/news/171128/lif1711280007-n1.html

 AIによる東大合格を目指した「東ロボくん」プロジェクトでお馴染みの新井紀子教授らの研究チームによる調査結果です。

 新井博士は数年前から、日本の学生の読解力の低下を指摘しており、2020年に必修化される「プログラミング教育」においても、その前に日本語教育のテコ入りが必要ではないかと疑問を呈する、数少ない有識者。

 「プログラミング教育」について語るもの、また有識者会議に呼ばれる方々の大半が、諸手を挙げてマンセー同然の賛成ばかりだからです。

 それもそのはず、有識者会議のお歴々とは、ここでは名前を控えますが、幼児教育産業の関係者であったり、そこでプログラミング教育という、つまりは「カルチャースクール」の運営者であったり、さらには「プログラミング」という言葉への抵抗感をなくしておくことが、中長期においてビジネスに有利に働く「人材派遣会社の会長」らだからです。

 つまりは利益当事者が「プログラミング教育」の必修化を決めたといってもよいでしょう。

 これを単純に「悪」とはいいません。それぞれのビジネスが社会に役立つと思い取り組んでいるのなら、自らのビジネスを社会に拡大させることは、結果的に社会的な利益=国益を実現することもあるからです。

 しかし、物には順序があり、さらには道理もあります。

 新井博士は先の記事の中で「読解力が不十分だと社会生活を送る上でも大きな影響が出る」と懸念を表明しています。

 まず、これが「順序」。教育現場においては、日本語がわからない学生をどうにかするのが先だろうということ。

 次の「道理」とは、そのプログラミングとは「読解力」を最も必要とする技術で、読解力がなければプログラミングを理解することが、そもそも論でできないからです。掛け算九九もできない学生に、連立2次方程式を解けと指導するようなものです。

 プログラミング教育の必修化など愚の骨頂。と断言して良いのは、どれくらい、日本語が「ヤバイ」レベルになっているか。先の記事に明らかです。

《例えば中学の教科書から引用した「幕府は、1639年、ポルトガル人を追放し、大名には沿岸の警備を命じた」の一文と、「1639年、ポルトガル人は追放され、幕府は大名から沿岸の警備を命じられた」の一文とが同じ意味かどうかを尋ねたところ、「同じ」と誤答した中学生は約43%を占め、高校生でも約28%が間違えた。》

 設問の要点を絞れば、前者は「幕府→大名」に沿岸警備を命じており、対する後者は「大名→幕府」という図式で、今風にいうなら真逆、すなわち正反対の文章を「同じ」と答えた中学生が、ほぼ半数で、高校生でも約3割が間違えているのです。

 「ヤバイ」でしょ?

 ところがこの記事を見た私を、ハンパではない既視感が襲います。

 それが「モリカケ問題」。

 いまも野党どもが国会で全力投球している騒動です。

 森友騒動は財務省のいかさま的払い下げや、籠池泰典被告による詐欺的募金集めに補助金詐欺容疑など、数々の「疑惑」があがっていますが、ここまで野党が騒いだ本質は

「安倍首相および昭恵夫人の関与」

 です。

 そのロジックをひとことで言えばこんな感じ。

「怪しいと思われたらその疑った人物が納得するまで説明を尽くせ」

 怪しいと思うかどうかは主観によります。そして「何もなかった」ことを証明するのは「悪魔の証明」と呼ばれる不可能なこと。

 例えば本稿をお読みのあなたが「先月、よからぬ企みをしていただろ!」と追及されたとします。先月の何日か、その企みとは何かを説明されないまま、どう「釈明」ができるでしょうか。しかも「よからぬ」とだけで、具体的な違法行為が指摘されていなければ、

「上司の悪口を匿名でツイッターに投稿した」

 でさえ、「よからぬ」に含まれる、とみることもできます。ちなみに上司が特定できるような悪口なら、名誉毀損に触れる恐れがあるのがご注意ください。

 つまり、具体的な犯罪性、違法性、疑惑を提示せずに、説明せよと、野党や朝日新聞らがやっているのはこういうことです。

 籠池泰典被告が、2万円の札束を返そうとして話題になった「安倍昭恵夫人からの寄付金」にしても、仮にそれが事実だとして、選挙区も異なれば、なにより貰ったではなく「あげたお金」のどこに罪がみつかるのか。

 普通に日本語を理解できる人ならわかることを、国会議員と言論機関を自称する朝日新聞や、TBSが理解していない可能性が高いのです。

 獣医学部の認可を巡るワーキンググループの議事録を素直に読めば、獣医学部の新設を不要とする論拠を示せなかったのは文科省で、その文科省が説明責任を加計学園に求めて喝破されたのが

「挙証責任がひっくり返っている」

 です。

 仮に国家戦略特区の認定において、加計学園理事長の加計孝太郎氏と安倍晋三首相の「友情」により、なにがしかの「忖度」があって、そこに「違法性」が確認できたなら、野党もマスコミも追及すべきですが、少なくとも獣医学部新設について、論理的に敗北しているのは文科省です。

 なにがなんでも安倍首相、政府が正しいなどとは口が裂けても言いません。

 読解力低下が明らかになるなか「プログラミング教育」を必修化するなど、支離滅裂な政策も多く、是々非々、むしろ個別政策には非々のほうが多いと考えますが、野党と朝日新聞らのロジックのおかしさが、かえって安倍首相を助けている面が多いことを批判し、同時に国会議員とマスコミの「日本語がヤバイ」と指摘しているのです。

 挙げれば切りがないのでひとつだけ。
 『気分は形而上』でお馴染み、涙必死の最新作『天国にょーぼ』の作者、漫画家の須賀原洋行先生のツイートを引用します。

 ネットスラングでいう「ダブスタ(二重基準)」に過ぎないと言えば、それまでですが、ある条件の時にはOKだけど、別の条件になるとNG。

 必ず同じ条件で適用されるなら、それは「論理的」でありますが、そうでないなら「非論理的」となります。

 これが「政権攻撃」のためならば、論理性も倫理も法律もすっ飛ばす、という方針が野党と朝日新聞、そしてTBSにあるとするなら、そのロジックは共産革命を目指したコミンテルン(共産主義者)のものか、ISに代表されるテロリストと同じロジックです。

 仮にも国会議員となり、あるいは天下の朝日新聞に入社し、公共の電波の利用を許されたTBSの社員がテロリストとは信じたくありません。

 そしてその可能性を否定したときに浮かび上がる結論は

「日本語が通じない大人が社会の中枢にいる」

 という悪夢です。中高生の読解力を憂いている場合ではありません。

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