共産党保守説を1分で粉砕する

共産党保守説を1分で粉砕する


 選挙が始まると怪文書ぐらい当たり前といわれています。「んなアホな」と、明石家さんまなみにとぼけていてからの「ほんまや!」と驚く日々を過ごしているのは、いまネットが怪文書の発表会になっているからです。

 陰謀、妄想、珍説の数々が開陳されています。そんなかで時折見かけるも一笑に伏していたのが「共産党って実は保守なんだよ」ってもの。あまりにもバカバカしいので放置していましたが、2017年10月20日の東京MXテレビ「モーニングクロス」で、司会の堀潤氏がそう解説していたとフォロワー情報。

 これは捨て置けません。あきらかなる「フェイクニュース」です。そこで投票行動のひとつの判断材料となるであろうこの「共産党保守説」を1分で論破します。

 フォロワーからの情報を要約すれば《自民党など各政党は改革派だけど共産党は主張が一貫しているから保守》だという説明とのこと。堀潤氏がこう発言したなら余りにも無知に過ぎます。

 保守とは伝統文化に基づいた価値観を、基本的には踏襲するというもので、国が違えば保守が掲げる主張の細部は異なります。米国の保守派は銃規制に反対しますが、日本には銃そのものがないようにです。

 日本は開闢以来、いまだかつて共産主義が根付いたことがありません。つまり、日本の保守に、共産主義・共産党がなることは論理的にあり得ないのです。はい、論破。

 また、いまテレビでも「天皇制」という言葉が一般的に用いられていますが、もともとは「共産党用語」で、神話を含めた日本の始まりから存在する「天皇」を「制度」として切り出すことで、いずれ「廃止」にすることを共産党は目的にしています。

 つまり、現行憲法では日本国の象徴ながら、その歴史と存在は日本ものである「天皇」を、なくしてしまおうという考えが共産党なのです。この一事を持ってしても「共産党保守説」は完全に論破です。

 実にバカバカしい話ですが、これが事実ならテレビの実状を表しています。とはいえ、実際の放送を見ていないのでちょっと留保。しかし、この手の話がネットで流れてきます。ここからは「うんちく」のはなし。

 共産主義を信奉するのは個人の自由と考えます。しかし、こうした誤解や後に述べる偽装を用いてたぶらかす態度はいただけません。

 そもそも改革の有無でみれば、共産党が目指すのは共産主義社会で、社会の仕組みを根本から変える「超改革」です。大前提に目をつぶっては議論などできるはずもありません。改革する内容を変えていないから保守とは、嘘も繰り返せば真実になるとはナチスドイツのような発想です。

 確か東京大学名誉教授の北岡伸一氏だったと記憶しているのですが、あるシンポジウムで中国外交関係者は日本が防衛費を微増させたことにイチャモンをつけてきたそうです。

 これに北岡氏は「日本が増やしたのはわずか。オタクの国は毎年二桁レベルで防衛費を増やしているだろ」と反論すると、中国側はこう言ったと言います。

「中国は軍事費をずっと増やしている。だから変わっていない。変わった日本が悪い」

 「共産党は保守」と耳にして、真っ先に思い出したエピソードですが、記憶だのみなので発言内容は確かに覚えていますが、人物が間違えていたらごめんなさい。

 そもそも「保守」を「改革しない」と定義するのが間違いです。実際、今回の選挙でも同様の前提で語る政治家やコメンテーターがいますが、彼らが二枚舌であるのは、ならば各種改革を断行している安倍首相は「保守」でも「右翼」でもなく「リベラル」や「左翼」になるはずです。

 あるいは改革しないことを持って保守とするなら、既得権にまみれた「抵抗勢力」はそのまんま「保守」です。

 リベラルと保守については、《1分で知ったかぶりできる「リベラルと保守の本当」》で詳しく解説していますので、宜しければどうぞ。http://www.miyawakiatsushi.net/2017/10/1minutes-hoshu-libe.html

 すこし、ググってみるとリベラル保守と自称する中島岳志氏が赤旗日曜版に登場していました。

 ・・・赤旗や朝日新聞、AERA、テレビ朝日「報道ステーション」にコメンテーターとして登場している時点で、思想的には共産主義か左派であるとみてよいでしょう。レッテル貼りではなく事実からの経験則です。

 保守派と紹介されても、それは元保守派やエセ保守派、またはビジネス保守で、しだいにというより文中で朝日の論調に寄り添っていきます。転向したというより、これらの媒体は、そもそも自社に都合の良い人物と情報しか取りあげないから当然です。

 さらにこんなものもあります。

 語るに落ちるとはこのことですが、共産党の政策を裏返して、それを自公や維新に貼り付けることを「レッテル貼り」といいます。

 左翼や共産主義者、そしてカルト宗教に通底することですが、発想が敵と味方、裏と表、白と黒しかなく、中庸を大切とする日本的保守とはそもそもの分布図が異なり、それはカマキリと芝犬の生活空間ほどの隔たりがあるのです。中庸とは「ほどほど」といってもよいでしょう。

 彼らがすぐに裏返し、敵味方に分類したがるのは、現政権と政治制度を間違っているから、相手の出方次第では暴力を辞さずに破壊するという思考回路があるからです。これを「敵の出方理論」といって、いまも共産党が公安の対象となっている理由といわれています。

 対する保守や、もちろん本物の世界標準のリベラルにしても、「全否定」ではなく、政策と現実の要請にあわせて「部分対応」を目指すもので、その幅と方法論の違いで保守とリベラルは別れます。だから、リベラルと共産主義も別の位相にあります。

 中島岳志氏の述べる「本当の保守主義」とは、脱字の可能性が高く「本来の共産主義」とするべきでしょう。政策的妥協や、提案の受け入れはともかく、天皇をなくすことを目指す共産党とに共鳴する保守はいないのではないでしょうか。

 個人的嗜好を述べれば共産主義は大嫌いです。理想と現実が乖離している上に、この「共産党保守論」のように、なりふり構わず敵の身振り手振りを真似る「抱きつき作戦」を平然とする卑怯のそれは、民間人に偽装して後から銃を撃つ中国の得意とする「便衣兵」のようだからです。

 選挙前に繰り返された「野党統一候補」にしても同じです。共産主義者の得意とする戦法で、当面の敵を倒すために、対立相手とも手を組む手口で「統一戦線」と呼ばれます。

 実際、中国でも日本に対して、国内における敵同士だった国民党と手を組む「国共合作」を実現しています。まず、手を組んで日本を追い出す。という建前ですが、日本軍の正面には国民党を立たせ、戦闘の果てに疲弊させ、日本が敗戦したら、弱った国民党を叩くという戦略で、それが成功して、いまの中華人民共和国を樹立します。

 また、先の「○○を守ろう」にしても、言うだけならばなんでもでき、甘言を弄して権力を手にして何をするか、何ができるかはいいません。

 私の住む足立区は、かつて共産系の区長が生まれたことがあります。理想は高く、実効性は低く、形の替えたバラマキ政策ばかりで、区政はガタガタのボロボロになりました。

 また、とある共産党の区議の、その選挙事務所は日当たりのわるい木造のボロアパートです。清貧かと思いきや、この区議の自宅は鉄骨造りを思わせる三階建ての豪華さです。

 腐敗と不正が蔓延している中国共産党にせよ、かつてのソ連にせよ、そのソ連の傀儡国家として生まれた北朝鮮にせよ、搾取の構造があり、理想と現実の間には、ミジンコとフラミンゴほどの乖離があります。

 そしてこうした共産主義の失敗について、総括したという話を、私は寡聞にして知りません。

 卑怯で反省せず、嘘(理想)ばかり言い垂れる。そして「共産党保守論」なる珍説を拡散する。だから、嫌いです。

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