庶民が上場企業のオーナーになる時代

新年、あけましておめでとうございます。
今年も「言えないこと」にお付き合いいただければ幸いです。

楽天日記版は2003年から始めましたので、足かけ5年目に
突入です。

継続は力なりといいますが、ひとえに読者の皆様の励ましと
深く感謝しております。

時々、「マスコミ業界人の暴露話」を期待されている方もいる
のですが、大抵の暴露話は恨み辛みで味付けされていますので、
話半分でも信じすぎとなることはあまり語られません。

「言えないこと」のテーマは「考えようよ」。

メディアが何のために、そのことを触れているのか、そして
触れていないのか、触れられない

「大人の事情」

は何なのかを配信し続けております。

新年一発目は・・・やはり「考えようよ」、いや、今年からは
もっと考えないといけない時代になっていくのです。

今年は「2007年問題」と、これは「2000年問題」以降、
定番となった「問題仕立てのムーブメント」の幕開けです。

一斉に団塊世代が定年退職すると煽るほどでもないとみています。
だって、民間企業は適度に緩衝施策を取ることでしょうから。

定年延長や特別枠、臨時再雇用などなど。

ただ、確かに「変革の始まり」ではあります。

年金制度も春には改悪を迎えます。

統一地方選挙があり、地方議員と首長選挙、参院選挙と

「考えるチャンス」

が沢山あります。
我が町、足立区でも市民運動家(と、いう時点で左側の臭い
を感じてしまうのは偏見でしょうか)のポスターが貼られ出し、
共産党が街宣車で出陣して、この週末には

「支援者と巡る富士急ハイランドバスツアー」

を決行するなどと「選挙色」が色づき始めました。

注目しているのが

「大前研一の私塾出身」

という方。
コンサルタント業界で名をあげた人が、他の業界で成功した話しっ
て殆どきかないので注目しているのです。

大前研一さんの手ほどきがどう活かされるのか、否か。

ただ私が「コンサルタント」するなら、大前さんの名前が通用し
そうな港区や世田谷区を選びますがね。

よそ者よりも地盤人脈を大切にする土地柄で、ビジネス書よりも
自己啓発本や石原真理子さんの本が平積みになる地域性からして
どうなのかと。

大前研一さんの主張って

「日本国内にグローバリズムを輸入」

させることに腐心しているような気がするので、その教え子が
どんな主張をするのかに着目しているのです。

昨年提起した「休日格差」について、とある読者から

「会社員の友達は遊ぶことに必死になっている」

と。これは私も独立してすぐに感じたことで、飲みに行っても
余暇の過ごし方の話しばかりです。

バレーボールの試合はいつだ。草野球は。バーベキューは。

モチロン、悪いことではありませんが、思索に耽る時間はないよ
うで日本経済に思いを馳せ、未来に受け渡すバトンをどう磨くのか
といった話題は

「へぇ〜」

と片づけられます。
友達であることにかわりはありませんが、飲んでいて話しが合わ
なくなりました。

さて、どうしてか?
私は広告や販促に係わる仕事をしていますので、

「毎日、遊ぼうぜ! いぇ〜い! 症候群」

の片棒を担いでいる訳ですが、この症候群が蔓延した理由は
簡単です。

「目に映るもの全てが広告」

になっているからです。
テレビも雑誌も新聞もインターネットは広告が凝縮されています。

広告は囁きます。

「消費せよ。遊べ! 金を使え」と。

これが24時間、365日です。

本来「遊びの空間」であったテレビゲームの中にも広告が出さ
れる時代となりました。

そんな時代だから考えなければならないのが

「本当にそれ欲しいの?」
「本当に遊びたいの?」
「本当にそれ好きなの?」

・・・と、自分の仕事の邪魔になるようなことですが、不要な
ものを買わせることは、ぐるっと回って社会を歪ませますので。

野党はいいます。もちろん、立派な野党に成り下がった民主党も

「いざなぎ景気を越えたといっても庶民の生活は苦しい」

と煽ります。
しかし、これはルールが変わったと考えればその恩恵に浴する
ことができます。

バブル崩壊後、「社員給与」は右肩下がりとなっていますが
一方、「株主配当」は右肩上がりとなっています。

これを「金持ち優遇」というのは簡単ですが浅薄です。

株主配当のデータは「上場企業」を基にしています。

つまり、「誰でも買える」のです。

極端に貧しい人を持ち出して「株なんて買えない」というのは
フェアな議論ではありません。
投資信託でも竹中前大臣が

「ETFは確実に儲かる」

と発言したときに買っておけば、資産はおおよそ倍ぐらいに
なっていました。

会社から支給されるのを待つ時代ではなく、

「庶民が上場企業のオーナーになる時代」

になったということです。
但し、これも「考えない」と分からないことです。

毎月の給与明細とにらめっこしていても何も解決しないのです。

考えて、行動する。

その「考える」に役立つのは読書と新聞です。

インターネットは速報としては価値がありますが、思索を深める
にはあまり向いていません。ブログは参考意見にはなりますが。
必要ではありますが絶対ではないということです。

商業出版が完璧だとはいいませんが、著者と編集、出版社の
手を経ることにより思考が洗練されています。これにより、ある一定
水準の品質が担保されていますから。

そしてなんといっても「新聞」です。

広告の面積で企業の勢いと新商品への情熱度合いを測ることが
できますし、記事の面積で

「重要と考える度合い」

を「見る」ことができるのです。

朝日と産経新聞を読み比べるのも面白いでしょう。
同じ記事でも扱いが違います。

テレビは「絵になる」方が優先されるので論外です。
芸能ニュースや動画の確認程度としては役には立ちますが。

そして、商業メディア(NHKも含みますよ)を見る際の重要
ポイントは

「この記事で金になる人は?」

・・・残念ながら既得権益である商業メディアには、このバイ
アスが強くかかります。

だからこの「引き算」を「考える」必要があるのです。

但し、「考える」と「疑ってかかる」は似て非なるもの。
疑ってばかりでは寂しいものですが、

「どうして?」

という素直な気持ちで接するということです。

もちろん、このブログにも。どうして? と。

それでは今年もよろしくお願いします。

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